メールアドレスを与えられた公園の木、人と会話を始める

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豪州メルボルンの市当局が公園の木に管理用のメールアドレスを割り振ったところ、市民からの私的なメールが多数届き、ついには木が返事をする椿事が発生しました。

そもそも一本一本の木に個別のメールアドレスが割り振られたのは、公園を訪れた人が傷んだ木や落枝の危険がある木などを見つけたとき、管理担当者に手軽に効率よく通報させるためでした。

しかし市当局によると、木それぞれにメールアドレスがあることを発見した市民からは管理者宛ではなく木そのものに宛てて健康状態を案じるメールが届いただけでなく、私的な悩みの相談や酸素への感謝、美しさを讃えるラブレター、果ては政治談義まで数千通が届く事態になったとのこと。

こうした市民からのメールを受けて、やがては木のメールアドレスから返信が送られるようになります。もちろん話しかけられるうちに人格が芽生えたわけではなく、公園の担当者がいわゆる「中の人」を務めての返信です。

ここ数年はソーシャルメディアの発達により、架空のキャラクターや宇宙探査機にまでツイッターアカウントが設定されるようになり、担当者のなりきり応答もありふれた広報手段のひとつになりました。

しかしメルボルンのエピソードは、木をキャラ立てする意図はなかったにもかかわらず、たまたま管理の利便性から個別にメールアドレスを割り振ったことで、「公園利用者と木との私的な会話」という形態のコミュニケーションチャネルが発生し、木の「人格」も後から芽生えた(木としてメールを送られたことで木として返さざるを得なくなった)のが面白いところです。

日本の「御神木」を挙げるまでもなく、木は人の生活と関係が深く、精霊が宿ると考えられ信仰の対象になるなど、人格の投影先、擬人化の対象となってきました。メルボルンの例では利用者にお気に入りの木があった公園という舞台も大きく影響したとして、やはり「名前を付けて他と区別する」ことで途端に擬人化が進み投影対象になるのはまさに教科書どおりです。

メルボルンの木の例はメールアドレスがきっかけでしたが、そろそろバズワード寿命を終えそうな IoT が当たり前に普及してあらゆるものがセンサと相互通信を備えるようになり、「スマート」に人間の意図を反映するようになれば、「長く愛用されすぎて何かヤバイものが宿ってしまった道具」や「粗末に扱われたせいで祟る器物」も、とうとうただの教訓や想像上の存在ではなくなるかもしれません。公園の利用者が木に送ったメールの文面はリンク先のThe Atlanticに何通か掲載されています。