■ベテラン記者が明かす、知られざる「キング・カズ伝説」 後編

 7月4日のJ2第21節、横浜FCの三浦知良は、札幌戦で後半から出場。自身が持つJリーグ最年長出場記録を48歳4カ月8日に更新した。まだまだ記録を伸ばしていきそうなレジェンド、「キング・カズ」の知られざる伝説を、ベテラン記者が振り返る――。

 カズが本格的にサッカーを始めたのは小学校1年のとき。学校にリフティングをしながら通っていたため、近所の人たちから「あの子は、いつか交通事故に遭う」と噂されていた。

 中学3年の時、カズは進路面談で第一希望に「ブラジル」と書いて担当の教諭に怒られたが、1982年、静岡学園1年のときにその希望どおり単身ブラジルへ渡った。しかし、最初は活躍できずに、ブラジルで悶々とする生活を続け、あきらめて日本に帰る決断をしたこともあった。

 帰国の飛行機のチケットを予約したそんな時、カズは公園でボールを蹴って遊ぶ少年たちに遭遇した。裸足の子どもたちが、ボロボロの汚いボールを楽しそうに蹴っていた。

 その光景を目の当たりにしたカズは、「俺は何をしにブラジルに来たんだ。このままじゃ帰れない」と思った。

 そして1988年、ブラジルリーグで日本人として初ゴールを決め、翌日の新聞には" Kazu e um heroi japones"(カズは日本のヒーローだ)という見出しが躍った。

 後に結婚する設楽りさ子さんとの出会いも衝撃的だった。1986年、パルメイラスの一員として、カズがキリンカップで来日した時だった。カズは、当時JALのキャンペーンガールとして、週刊誌のグラビアを飾っていたりさ子さんにひと目ぼれ。知り合いの記者に「この子の連絡先、調べてきてよ」と直訴したのだ。

その記者は、さすがにりさ子さんが所属している芸能事務所の電話番号ぐらいしかわからなかった。そして数日後、カズが宿泊していた都内のホテルを訪ねた。

記者が「設楽さんの連絡先ですけど......」と言うと、「もう大丈夫、さっき一緒にお茶していたから」という返事。さすが、こうした行動も速かった。

 同じ頃、静岡県出身のテレビ局のディレクターがカズに会いにいったとき、こんなやりとりがあった。

「僕、カズさんと一緒で静岡出身なんです」
「高校、どこ?」
「静岡高校です」
「進学校だ。大学は?」
「東大です」
「じゃあ、漢字いっぱい知ってんだ。俺、高校1年でブラジルに行ったから、漢字、全然知らないんだよ」

カズは、まったく飾らなかった。

 そして、国立競技場を貸し切って番組の収録をした時に、カズがディレクターに聞いた。

「国立は、サッカーで満員になるの?」

当時、サッカーはメジャーなスポーツではなく、社会人サッカーリーグであるJSLの試合を国立競技場で開催しても、客席はガラガラだった。ディレクターは答えた。

「高校選手権の決勝ぐらいですね」

それを聞いたカズは、こう言い切った。

「俺が、サッカーで国立を満員にするよ」

 1990年、カズは読売クラブ(現東京ヴェルディ)に移籍。若き日のカズは、やんちゃな一面もあった。

 新車を購入したチームメイトの北澤豪が、カズを助手席に乗せて家まで送ったときのことだ。ふたりでガムを噛みながらサッカー話で盛り上がっていた。信号待ちのとき、カズがサンルーフを開けて、ガムを「プッ」と外に出した。ガムは綺麗な放物線を描いて新車のボンネットにぽとり。怒ってキレた北澤は、こう言った。

「カズさん......、降りる?」

 カズは、外に出てガムを拾い、ボンネットを拭いたとか......。

 また、スーパーへ買い出しに行ったときには、会計前にジュースのキャップを外して、飲みながらカートを押してお買い物。会計の時、カートの中に半分減っているジュースを見つけたレジのお姉さんが聞いた。

「あの〜、こちらの商品は?」

 カズは答えた。

「買うよ」

 当時は、まだブラジルでの習慣が抜けていなかったようだ。


 2005年、カズは38歳で横浜FCに移籍。当初、横浜FCは専用練習場がなく、一般にも開放されている人工芝のグラウンドで練習していた。また、練習後のシャワーは10分100円のコインシャワー。そんな環境にも、「みんな100円しか使わないけど、俺は200円使っている」と笑っていた。

 横浜FCの練習を見学するファンは、それほど多くはない。練習後の選手は、ファンから「サインして下さい」と呼ばれることが多いが、なかには車に乗り込み無言で去っていく選手もいる。しかしカズは、いつもひとりひとりにサインをし、一緒に写真に収まり、時には雑談をして、笑い声が挙がる。

「みんな、サインが欲しいんだよ。1時間も2時間もかかるわけじゃないからね。プロなら当たり前だよ」

2012年のことだ。当時、JFLに所属していたSC相模原と横浜FCの練習試合があった。試合後、カズは笑いながら、SC相模原の代表を務める望月重良(しげよし)に言った。

「シゲ! 俺はいつここ(相模原)に移籍してくればいいんだ」

 望月はその言葉を信じたのか、SC相模原の背番号11は、今シーズンも空いている。

 キング・カズは、プロ30年目を48歳で迎えた今シーズン、3ゴールを決め、3度の「カズ・ダンス」を披露。あと何回、カズ・ダンスを披露してくれるのか。カズ伝説はまだまだ続いていく――。

渡辺達也●取材・文 text by Watanabe Tatsuya