カナダワールドカップで準優勝となったなでしこジャパン。2大会連続のファイナル進出は簡単なことではない。大会前に始まった国内最終合宿から1カ月半でチームは大きく成長した。その道のりは決して平坦なものでも、希望あふれるチャレンジでもなかった。これまでにないチーム作り、選手の葛藤――紆余曲折のあった1カ月半、その中心で悩みながらも"チーム"で戦う姿勢を貫き通したキャプテン宮間あや(湯郷ベル)のコメントを中心に振り返り、チームの歩んだ道のりを紐解いてみる。

 カナダに入ってからも、チーム内でのレギュラー争いは続いていた。特に定まらなかったのはボランチ。澤穂希(INAC神戸)の復帰、3月のアルガルベカップで高いパフォーマンスを見せた宇津木瑠美(モンペリエHSC)、安定感のある阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)、さらには昨年佐々木監督に見出され、CBの才能を花開かせた川村優理(ベガルタ仙L)も名乗りを上げ、熾烈を極めていた。

 さらにサイドバックにも厳しい争いが生まれていた。右では近賀ゆかり(INAC神戸)と有吉佐織(日テレ・ベレーザ)、左では鮫島彩(INAC神戸)、宇津木、上尾野辺めぐみ(アルビレックス新潟)らが目まぐるしく試されていた。加えるなら右サイドハーフも大野忍、川澄奈穂美(ともにINAC神戸)らタレントが豊富で確定はしていない状況。戸惑う選手たちの中で、宮間は意外と冷静にこの状況と向き合っていた。

「今はやるべきことを固めていく感じ。(いろんな選手に声をかけるのは)誰がピッチに立ってもいいようにしたいと思っているから」

 誰が出ても戦術をこなせるに越したことはないが、メンバーが定まらないとなると、掘り下げるべきプレイのパターンが無限に広がってしまう。それをすべて体得、体現するには時間がない。

「それでもやらなきゃいけない。練習でも成功例は......なくはない。精度を上げなければならないけど、なくはないです」

 宮間の冷静な口ぶりからも、苦しい胸中は察することができた。初戦のスタメンを決める"テスト"は本番の2日前まで続けられた。

 佐々木監督は、ワールドカップ本番で競争させながらチームを成長させる、リスクの伴う形を選んだ。これが功を奏した部分もある。まず、第一に相手チームが的を絞ることができない点だ。人が決まらなければ、相手も戦略を練ることができない。

 チーム内の多少のちぐはぐは、これまでの経験でなんとかカバーしてきた。ただ、やはりそれはグループリーグだからできること。初出場国ばかりのグループに入っていた日本は、だからこその難しさを差し引いても、『チームを作りながらでも勝利できる』程度には、他グループに比べて楽な戦いをしていることは否めかった。もちろん、この顔触れだからこそ取れたチーム作りの方向性だったとも言える。

 しかし、想像以上に選手たちのコンビネーションの精度が上がらない。さらには安藤梢(フランクフルト)が骨折でチームを離脱するという事態に陥り、岩渕真奈(バイエルン・ミュンヘン)はケガによる別メニューを強いられており、ゴールゲッターが決定的に不足していた。切り札がない。3連勝で首位通過を勝ち取ったものの、選手たちに笑顔はなく、決定力不足や守備への不安を抱えたまま決勝トーナメントに入ることになった。

 首位通過に伴い6日間のインターバルが与えられた。佐々木監督はここでメンバーを固定してチームを引き上げにかかった。これによりチームに少しずつ変化が表れ始めた。グループリーグ3戦目のエクアドル戦直前には、攻撃の形に渋い顔をしていた宮間もここへ来てようやく手応えを掴んだようだった。

「(理想とする)攻撃の形が少しずつできるようになってきた。その形を明日は出せると思う」

 笑顔を見せた宮間の言葉通り、決勝トーナメント1回戦のオランダ戦では日本は大会に入って初めてと言っていいベストパフォーマンスを見せた。自らのアシストから生まれたゴールは、途中出場の岩渕と阪口とのコンビネーションによるもの。実になでしこらしい得点だった。それでもキャプテンは改めて気を引き締めた。

「相手が日本のイヤなことをしてこなかっただけ。最後まで何が起こるかわからないのは他のゲームを見ていても思う。自分たちがやりやすいようにやっているだけでは能力の高い選手には対抗できない。相手の取れないところ、嫌なところにパスを出すことを意識したい」

 準々決勝でオーストラリアに走り勝ったことで、自分たちの底力を証明した。準決勝では互いにPKをモノにし睨み合いが続く苦しみの果てに、オウンゴールで勝利を手にした。

「イングランドに入れてもらっちゃったな......」

 勝利への安堵と、オウンゴールを導いた手応えや、その反面自分たちの力でゴールを奪えなかったことなど複雑な表情でピッチを後にした宮間だった。

 今大会で最も印象に残っているのは、決勝を前に最後のトレーニングを終えた後、宮間に"チーム"について問うたときの言葉だ。

「この23人でできる最高にチームになったと思う」

 その後、静かに宮間はこう続けた。

「このワールドカップでは絶対に人に厳しく言わないって決めてきたから」

 キャプテンという立場でこれだけの選手たちが迷い、悩んできた1カ月半。アメを利かせるためにはムチも必要だ。しかし、彼女はそのムチを封印し、その分多くの時間を割いてそれぞれの選手と話すという、いちばん手間暇のかかる方法を選んでいた。技術・戦術だけでなく、選手それぞれのメンタルを想ってのことだ。これがどれだけ大変なことなのかは想像に難くない。

 その形の最たるものが、決勝のピッチにあった。アメリカを相手に連続失点で完全に浮き足だってしまった選手全員を集めた宮間。その声を真剣に受け止める選手たちから見えたのは、宮間に対する揺るぎない"信頼"だった。必死に宮間についていこうと、その声でこの窮地を脱しようとする選手たちがいた。良くも悪くも、今のなでしこジャパンの現状が詰まった形になった決勝だったが、だからこそ宮間は最後に胸を張ってこう答えた。

「このワールドカップで得られたのは"自信"。しっかりと準備をすれば行きたいところに行くことができる。"連係"って果てしなく上がるもの。それを成り立たせるには、もっともっとできると自信を持てる時間が必要だと思います」

 楽しくも、苦しくもあったワールドカップ。決勝では多くの選手が「自分たちの準備不足だった」と口にした。ドイツワールドカップのような"勢い"ではなく、ロンドンオリンピックのような"意地"でもなく、堅実にひとつひとつを重ねた準優勝。

 これをどう捉えるか――年明けには厳しい戦いが予想されるオリンピック予選が控えている。リオオリンピックでの戦いにつながったとき、初めてこのカナダでの1カ月を"経験"にすることができるのではないだろうか。

早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko