マクラーレンの巨大なモーターホームの3階で行なわれた記者会見"Meet the Team"が終わると、そこに出席していたホンダF1総責任者の新井康久は、いつの間にか姿を消していた。

 チームとジェンソン・バトンの地元であるイギリスGPで、予選17位と18位。それは思い描いていた理想とはかけ離れた結果だった。2014年型マシンで走り続けているマノーの2台がいつものように最後尾を占めたことを思えば、実質的な最下位ともいえた。

 それゆえに、会見では地元メディアからも厳しい質問が続いた。とりわけ、ホンダのパワーユニット性能や開発姿勢についての問いが多く飛ぶ。

「新空力パッケージを投入してダウンフォースが増えればそれだけドラッグ(空気抵抗)も増えるわけだから、それを補うためのパワーのヘルプがもっと欲しい」

「今のF1マシンはパフォーマンスの50%以上はパワーユニットによるものだ。それは誰もが知っているし、我々もホンダもわかっている。トップに追いつくためには、その点でプレッシャーをかけなければならない」

「ブランドイメージというものは成功を繰り返すことで形成される。パートナーとして我々に参画したいという企業は少なくないが、なかには結果が出ていないことについて言及する人もいるかもしれない。そういう意味では、これ以上待つことはできない」

 マクラーレンのレーシングディレクターを務めるエリック・ブリエは、チームを代表してそう答えた。

 その言葉を聞けば、誰もがこの不振の原因がすべてホンダにあるように思い込む。いや、この数カ月にわたって彼らがそう仕向けてきた結果、すでに世間ではホンダのパワー不足・信頼性不足ゆえにマクラーレン・ホンダが低迷しているというイメージが刷り込まれている。

 だが、それは事実とは異なる。

 会見が終わるなり、チーム関係者専用の2階へと降りた新井は、ブリエの発言に対して不快感を示した。いつもは会見が終わるとそのまま日本メディアとの取材時間になるが、この日は2階に降りたまましばらく姿を見せなかった。

 これまで、事実と異なるイメージ操作とも言えるようなコメントが散々繰り返されてきた。それに対して新井は、「我々はひとつのチームとしてやっているのだから、レッドブルとルノーのように味方同士で批判し合うようなことはしたくない」と言って耐えてきたが、さすがに我慢の限度を超えつつあるのだ。

「速さの50%以上はパワーユニットで決まるなんて、それが事実でないことは走っているマシンの姿を見ればわかると思いますけどね......。クルマが(コーナーで)全然曲がっていないでしょう? だからアクセルオンするタイミングが遅くなるし、そうなると最高速も伸びないし、タイムも出ないんです。つまり、ダウンフォースが足りないから速く走れない。そのあたりは、しっかりと見て本当のことを伝えて頂きたいです」(新井)

 オーストリアGP1周目の事故による破損を受けて、フェルナンド・アロンソのマシンには過去のレースで使用していたパワーユニットが搭載された。レース序盤でリタイアしたバトンのマシンは、今後の運用計画を踏まえて同じく使用済みコンポーネントに載せ換えた。これらは、最新のコンポーネントと同じ仕様で、カナダGPで起きた点火プラグや排気系のトラブル対策も施されたものだ。

「スペックは以前のものには戻っていません。パフォーマンスもきちんと出ているし、トラブルの心配もしていません。走行距離制限をしなければならないといったこともありません」(新井)

 土曜のフリー走行では、アロンソ車のERS(エネルギー回生システム)のセンサーが温度異常を示したため、走行を控える場面もあった。だが、調査の結果ただのセンサートラブルで、パワーユニット本体に何の問題もなかったことが判明。再起動して予選に臨むことができた。

 マクラーレンは、イギリスGPに2台揃って新型の空力パッケージを投入した。しかし、車体側のオイル漏れや空力仕様変更に時間を取られ、金曜は十分に走り込むことができなかった。前週にオーストリアでテストを行ないはしたが、シルバーストンの高速コーナーのセッティングは煮詰まっておらず、準備不足のまま予選を迎えてしまったのだ。それゆえの予選17位・18位という結果だった。

 パワーユニットとして最強とまでは言わないが、現状のハードウェアの性能は引き出せている。少なくともルノー勢を上回るパワーはあるのだから、「車体さえ悪くなければ、レッドブルやトロロッソと戦えてもおかしくはない」という思いが新井にはある。

「パワーユニット側のエネルギーマネジメントはほぼ完璧に仕上がっている状態です。しかし、クルマのセットアップがまったく決まらないままでの予選でしたから、パワーユニットの話をする以前の状態だったんです」

 事実、18位に沈んだバトンは深刻なリアのグリップ不足を訴えていた。

「すごく酷い状態だよ。何かがおかしい。マシンの挙動が予測できないんだ」

 たしかに、開幕当初のパワーユニットは非力で問題も散発していたが、パワーユニットとしては、Q2に進出していたスペインGPや、入賞したモナコGPと同等かそれ以上のものに仕上がってきている。にもかかわらず、ここに来て順位が下がるのは、新型空力パッケージを使いこなせていないからに他ならない。

 繰り返すが、事実は先述のブリエの発言とは異なっているのだ。

「エンジニア同士の話し合いの場では、どこが悪いかはお互いにわかっているんです。我々もパワーが十分でないのはわかっているし、マクラーレン側も自分たちの足りない部分はわかっている。だからこそ、空力の開発も続けているわけです。だから開発という点ではまったく問題はありません。でも、外に向けてあんなふうに言われてしまっては、一生懸命頑張っているウチのスタッフたちの立場がありません」

 新井は、マクラーレンを批難するようなことは口にすまいとしながらも、悔しそうな表情でそう言った。そういう思いが強くなったのは、自分たちのパワーユニットの熟成が進んできたという手応えがあるからだろう。

 後ろから2列目のグリッドからスタートしたマクラーレン・ホンダのイギリスGPは、1周目の多重クラッシュに巻き込まれてアロンソがバトンに接触。そのままバトンがリタイアするという最悪の幕開けになった。土曜の予選後、「慣れない後方からのスタートでは1周目の混乱をすり抜けるのも簡単なことじゃない」とバトンが話していた通りの展開になってしまった。

 その後、アロンソは壊れたフロントウイングを交換して走行を続けたが、セットアップが煮詰まっていないマシンではペースは上がらない。それでも、前走車の脱落によって徐々に順位を上げ、レース終盤に雨が降り始めたと見るやすぐにピットイン。雨用の浅溝のインターミディエイトタイヤに換えて走り、ライバルの戦略ミスにも助けられて10位でフィニッシュ。二度の王座経験者は、シーズン9戦目にしてようやく今季初ポイントを獲得した。

「パーティをするような最高の結果ではないし、たったの1ポイントで狂喜乱舞するわけにはいかない。僕らが求めているのはこの程度の結果ではないからね。でも、クルマを良くするために日夜懸命に働いてくれているメカニックやエンジニアたちのためにはよかったと思う。僕らが正しい方向に進んでいることの証だ。チームの内外に向けて、日夜努力している方向性が間違っていないことを証明するためにも、こうした結果が必要なんだ」

 アロンソがそう語る背景には、この先もたいへんな努力が必要だという思いがあるのだろう。新しい空力パッケージをものにするまでは、新たな積み上げが必要なのだ。

 もちろん、ホンダのパワーユニットもこのままでいいわけがない。新井は現状に満足してはいないし、後半戦に向けて楽観視もしていない。

「とくにスパ(ベルギーGP)とモンツァ(イタリアGP)は、今の状態のまま戦うのは相当厳しいと思っています。そこに向けてアップデートを投入したい。中低速のハンガロリンク(ハンガリーGP)で車体側の煮詰めをきちんとして、パワーユニット側はスパでバージョンを上げる計画をしています」

 新井が「後半戦はすごいですよ」と語っていた根拠は、そこにある。

「シーズン前半戦は、実戦がテストのようになってしまいましたが、そこで得られた経験をもとに、大がかりな開発の最終調整に入っています。もちろん、その計画もデータも、すべてドライバーに伝えてあります。だからこそ彼らはポジティブなんです。後半戦は、車体もパワーユニットもいい方向に向かうと思っています」

 シーズン前半戦の長いトンネルを抜けた先にある光明。そこに到達するまでには、もう少しだけ時間がかかる。今はただ、その時がくるのを待ちたい。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki