97歳のレズビアン、全米で合法化された同性婚に「心臓が飛び出るくらいに驚いた!」

写真拡大

6月26日、全米で同性婚が合法化しました。その翌日、米メディア「GOOD」のライターHeather Dockray氏が、ある女性への取材に成功。ここではそのインタビュー記事を紹介します。

 

スクリーンショット 2015-07-07 17.01.08Reference : Heather Dockray

こんな日が来るなんて
信じられない…

97歳のJerre Kalbasさんは、ニューヨーク在住の最高齢レズビアン。彼女が若い頃は当然、現代の価値感覚とは大きく異なり、同性愛であることを受け入れる社会的素地は皆無でした。自らがレズビアンであることを、Kalbasさんが世間に公言することは、もちろんありませんでした。アメリカの最高裁判所が、同姓婚を認可するという歴史的な判決の後、彼女にたずねました。

「アメリカで同姓婚が認可されるなんて、今でも信じられないわ。同性愛ですら認められないと思っていただけに、本当に嬉しい驚きよ」

1918年に生まれたKalbasさん、同性愛という言葉の意味を知るずっと以前の6歳のとき、女性に対する特別な気持ちに初めて気がついたんだそう。当時は自分がなんなのかさえ、よく分からなかったと言います。

「私が若い頃は、同性愛者のことを話す雰囲気なんて、これっぽっちもなかったの。誰も何も言えるような空気じゃないってこと。だって、人として存在を認めてもらえないような感じだったから、今のように政治的な問題にすらならなかったの」

やがて、思春期を迎えたKalbasさんは、自分の性別を貫くことに腐心したそうです。

「高校生のとき、私はスカーフの代わりにネクタイを締めて学校に通っていたの。すると母が、私の性に対して不安を感じたようで、どんどん自分と距離を置くようになった。私だって、とても混乱していた時期だったから、自分に何の問題があるのかということさえ、周わりの人に指摘されるまで気づくことができなかったのよ」

スクリーンショット 2015-07-07 18.13.32若き日のKalbasさん(写真中央)Reference : Heather Dockray

彼女の苦労は高校を卒業してからも続きました。第二次大戦前、女性のファッションといえばスカートが当たり前。Kalbasさんは、ボーイッシュに育ってきたものの、ズボンを履くことが許されなかったと言います。

「しょうがなくスカートは履いていたけど、短髪にして男性用のシャツをいつも着ていたわ。女性らしい手提げバッグなんて、持ちたくもなかったから、いつも紙袋に財布とタバコだけを入れて持ち歩いていたものよ」

1940年代、20歳を過ぎたKalbasさんは、ニューヨークの地下に今も残る4つのレズビアンバーに出入りするようになり、レズビアン仲間と知り合い、次第に交友を深めていったそうです。

「しょっちゅう警察が見回りに来たの。彼らの嫌がらせを避けるために、警察が来たらゲイの男性と一緒に踊ったわ。そうすれば普通のカップルに見えるでしょ。自分たちの本性を隠すことは大変だったわ」

自分の身を明かさないための努力をいくらしても、同性愛者というだけで、Kalbasさんを悩ますことは尽きなかったそうです。

「道を歩けば、男性たちから“Dyke(レズビアンのスラング)”と揶揄されたわ。私は今でもこの言葉が大嫌い。それでも私はレスビアンであることを貫こうと思ったの」

こうして、彼女は料理人として、金物職人として、そして電子機器を扱う小さな商店を開業。たくさんの友人たちと恋人に囲まれ、現在でもニューヨークで元気に暮らしています。Kalbasさんはまた、ニューヨークを拠点とした、高齢者のLGBT問題を扱う団体「SAGE」のメンバーとして、LGBTとして生きる高齢者たちの生活の向上を国に訴える活動に専念しています。 

「今朝のニューヨーク・タイムズ読んだ?同性愛者の記事ばかりよ!永く厳しい日々を過ごしてきたように思うけど、これは本当に素晴らしいこと。レインボーカラーにライトアップされたホワイトハウスを見た?生きているうちにこんな日がくるなんて、本当に幸せ」

この取材が行われた翌日(6月28日)、Kalbasさんはニューヨーク市内で開催された同性愛者らが権利向上を訴える「プライド・パレード」に参加し、2万人の参加者と共に歴史的判決を祝ったそうです。

Licensed material used with permission by Heather Dockray