【インタビュー】菊池亜希子「“こだわり”をいい意味で捨てた時、大人になって強くなる」
よしもとばなな氏の原作小説「海のふた」を映画化。東京での仕事を辞めて故郷へ戻り、大好きな「かき氷屋」を始めるために奮闘するまり役を、ムック本「マッシュ」の編集長を務めるなど、独自のカルチャーを確立し男女問わず人気を得ている菊池亜希子さんが熱演。“自分らしく生きる道”を模索するまりの姿は、ご自身も共感する部分が多かったようです。
「好きなものを好き」という自覚、責任、そして素晴らしさ。菊池さんがじっくりと語ってくれました。


『日々考えているテーマ”自分はどう生きて行くか”ということ』


――よしもとばななさんの作品についてどんな印象をお持ちですか?

菊池:全作は読んでいないですが、定期的によしもとさんの作品、というか文体に触れたい、というときがあって、よく読み返したりしています。
「ハチ公の最後の恋人」が好きで、最近たまたま読み返したんですけど、自分にとって必要なタイミングで読みたくなるのがよしもと作品なんですよね。優しい文体なんですけど、肌触りは必ずしも優しいわけではない。

――救われたりもするし、ハッ!とさせられたりもしますよね。

菊池:そうですね。穏やかに漂っていると、突然芯をつかれてグラリとしたり。
救われる瞬間もたくさんあるんですけど、そのままほっといてはくれないというか。
普段あまり人に見せないでいる、心の中に隠している傷口に言葉のしずくが浸ってきてヒリヒリ染みるんです。だけど傷を癒すには必要な痛みだったりする。


――「海のふた」は読まれていましたか?

菊池:「海のふた」は自分が日々考えているテーマが描かれていたので一気に読みました。ひとりの女性が「自分はどう生きて行くか」、「どの場所で根をはって日々の営みを行っていくか」を決めるという題材は、自分がここ数年よく考えていることだったので。私も、この仕事についていなかったら、まりみたいな人生を選択していたような気がするんです。「何か自分にはできることがあるかもしれない」と思って頑張ったりして…。たぶん自意識が強いんだと思うんですけど、自分の好きなものがはっきりしているから、「自分の意思を反映できるようなこと」を仕事として選んで生きていただろうなと思います。例えば、お店をやるとか、本を作るとか…。

――では、まりに共感できる部分も多かったのですね。

菊池:まりの生き方は自分の中にも持っていた感情だったので、読みながら他人事ではなかったです。まりに寄り添って読む、というよりかは自分の見たくない部分を見せられているようで、複雑な想いでまりと向き合っていました。
まりの「好きだからかき氷屋をやりたい」っていう思いは「それだけじゃやれないんだよ」とも思ったりしましたね。でも、私自身30歳を過ぎたこのタイミングで出会えてすごくよかった作品です。


『「これで生きて行く」と決めた人は強いなと思います。』




――菊池さんは雑誌の連載やムック本などでもいろいろな場所やお店に行かれたりもするから、まりのような個人でお店を営まれている方達の姿を目にする機会も多いのでは?

菊池:地方に行くことも多いし、東京ではない小さな町で自分なりの営みをしている店主さんと知り合う機会もすごく多いので、そういう小さな営みに対する尊敬の気持ちは、いつも強く感じています。一方で、過疎化した商店街を歩きながら、一方的に「大丈夫かな?」とか余計な心配もしちゃったりする。よそ者のくせに、本当に余計なお世話だし、勝手だなと思います。私が旅に出て、街を見て、新鮮な空気が吸えるのは、各町々で根を張っている人がいるからなわけで。街の小さなお店がなくなってしまうということは、町の風景が変わってしまうということ。だけど、街の風景を守るということは、生半可な気持ちでできることではない。そういったシビアな現実も、この映画は描いています。


――昔は海水浴場として栄えていたのに、人が来なくなってお店や旅館が消え、町全体が廃れていってしまう…劇中で描かれていることは現実にも起きていることですよね。

菊池:大学の時に都市工学の勉強をしていたので、「地方都市のシャッター街をどうしたらいいか」といったテーマに取り組んで、地元の人と話し合ったり、研究成果を発表したりしていました。その時に思ったのは、町の人はすごく懐が深くて優しいけれど、現実をすごく見ているんですよね。学生は絵空事でスケッチを描いたりするんですけど、「簡単にそんなに人は来ないよ」とか町内会のおじさんに言われちゃったりするんです(笑)。
そういう夢を見ているような部分は、まりにもあって「糖蜜とみかん水のかき氷とエスプレッソしかないお店に、本当にお客さんは来るの?」ってなりますよね。
でも、どこかで自分に折り合いをつけて、「これで生きて行く」と決めた人は強いなとも思います。すごく儲かっているとは言えなさそうだけど、こつこつとでも来てくれるお客さんがいて、日々食べられるだけの収入がある、そんな営みをされている人達の力を私は信じたいんです。まりに対しては「甘いぞ」と思いながらも「頑張れ!」という気持ちを持ちながら演じていました。


『”好きな物を仕事にする”ことは、それなりの覚悟がいる』


――まりの「好きなことで生きて行く」姿は憧れるけれど、自分には「できっこない」と思っている方も多くいると思うんです。先ほどおっしゃっていましたが、「好きなことがはっきりしている」ということで菊池さんご自身は実際に本を作られたりしています。「好き」を仕事にするって何が大事だと思いますか?


菊池:「好きなことやってるよね」ってよく言われるんですけど、私はたまたま場を与えてもらったからやれているんだと思っています。私は“おせっかい焼き”というか、良くいえば“サービス精神”が旺盛なので、「好きだな、いいな」と思うものを、人に伝えたいという気持ちがたまたま人よりちょっと強いので、端から見ると「好きな物を極めている人」に見えているだけだと思います。
「好きな物を仕事にする」ことは、シビアというかそれなりの覚悟がいると思うんです。私が大学生のとき、「好きなことは仕事にしないほうがいい、就活は割り切ってやっている」と語る若者が少なからずいて、そういう感覚にものすごく違和感を感じていました。「好きなことがあるんだったら、それを自分の仕事にするために頑張ればいいじゃない!」と思うんです。そうでないと“お金に失礼”だと思うんです。


――「好きなこと」と「お金」の関係は本作でも描かれていて、とてもゆったりとした作品なのに、その中に結構シビアな隠れテーマが含まれていますよね。

菊池:お金をもらう手段が、自分にとって好きなことであった方がいいはずだと私は思うんですよね。お金の付き合い方や「対価をもらうこと」に対してもこの映画では描かれていて、ふわっとしたスローライフな映画とは違う、生きていく上で見過ごせない重要な部分を描いた作品でもありますよね。お金って話題にしづらいけど必要で大切なこと。
「お金はいらない」と言ってお店をやっていたら、それは本当に趣味で「どうそ、勝手にやってください」ってなってしまいますよね。趣味ではなく、営みとしてお店をやっていくのなら、お金に対して失礼のない受け取り方をするべきだと思うんです。
「仕事は仕事」と変に割り切って死んだような顔をして仕事をしていても、そこで得たお金って何なんだろうって思ってしまう。まりはお店を続ける上で、好きなこと、相手に喜んでもらうこと、そしてお金をもらうということの折り合いを自分の中でしっかりとつけて、イチゴシロップを作りはじめたんだと思います。そのささやかな変化は、とても大きな成長でした。
「一人よがりのこだわり」を捨てられたとき、人はしなやかに強くなる、それが大人になるってことなのかな、と思っています。


『「大事なものが何か」を知った人は、かっこよく見えますよね。』




――「私がいいと思うものしか出したくない」と言っていたまりが、イチゴシロップを店に置くくだりは、まりが人間として一歩成長したというか、覚悟や決意のような部分を感じるシーンですね。

菊池:「大事なものが何か」を知った人は、纏っていた空気が変わって、かっこよく見えますよね。私、親になった人にも同じ雰囲気が漂っているような気がするんです。
第一線で煮えたぎって仕事していたような人が、子を持ち一人の親になった瞬間、体中に張り巡らされていた芯みたいなものが抜けて、纏う空気が柔らかく変化していく、そういう友人を何人も見たことがあります。「大事なことはそこじゃない」「守るべきものがあって、お金を稼いでいかなきゃならない」と覚悟を決めた上で、頑ななこだわりをそっと手放していく。「かっこ悪くなって、かっこよくなる」、そういう大人って素敵だなと私は思います。
まりの中にもそういう部分ができつつあって「何かを諦めながらも覚悟を決めていく」という気持ちがイチゴシロップに表れている。そこからラストにかけては、いろんな立ち込めていたモヤモヤ雲みたいなのがスーッと晴れて、私は最後の子供達がお店にやって来る光景に感動しました。


『犬と想像で会話…くだらないけどそんなことが楽しい』




――こうしてお話を聞かせていただいていると、まりと菊池さんは出会うべくして出会ったというか、2人が溶け合って目の前にいらっしゃるように感じます(笑)。
最後に、「Peachy」とは「ゴキゲン」という意味の英語のスラングなんですが、撮影現場を振り返って、ゴキゲンだったこと、今現在Happyの源になっているものを教えてください。


菊池:撮影中のHAPPYの源は「かき氷」ですね。現場ではかき氷作りの指導を埜庵の方がしてくださって何度か振る舞って下さったんです。地方で撮影していたので全体を通して穏やかな現場だったんですけど、その中で撮影を中断しながら、スタッフさんもみんな座り込んでかき氷を食べて。いい大人達がかき氷を囲んで美味しそうにしている姿が私は単純にいいなぁと思いながら見ていました。

――では、今現在Happyの源になっているものがあれば教えてください。

菊池:今のHAPPYは…単純な性格なので「楽しい!!」ってすぐなれちゃうんですけど、ワカメって名前の犬を飼っていて、彼を……、一応メスなんですけど(笑)、彼女を主人公にしてマンガを書いています。マンガを書くために観察していると、何を喋っているのかなんとなくわかって、と言っても勝手に想像しているだけなんですけど(笑)、それで1人2役とかしています。ワカメは受け口なので自分も受け口になって喋ってみたり(笑)。くだらないけどそんなことが楽しいです。


「海のふた」は7月18日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー。
「海のふた」公式サイト:http://uminofuta.com/


撮影:鈴木愛子
取材・文:木村友美
制作・編集:iD inc.