「デスノート」日本テレビ 毎週日曜日よる10時30分〜
(漫画『デスノート』原作/大場つぐみ・漫画/小畑健)

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「そして僕は 新世界の神となる」
「やっぱり人間って…面白!!…」
漫画『DEATH NOTE』第一話の名シーン名台詞のひとつだ。

新世界の神じゃなかった


テレビドラマ『デスノート』、不安と期待いっぱいで観た。
だが、ないんだもんなー。
このへんの名台詞がなくなってるんだもんなー。

主人公・夜神月のキャラクター設定が原作と違うためだ。
原作漫画では、夜神月は天才だった。
テレビドラマ版では、ふつうの青年になっている。
居酒屋でアルバイトし、アイドルのライブでサイリウムをふっている男子だ。
「ふつうの青年ですよ」ということが強調された設定だ。

HOW TO USE ITが読めなかった


名を書くことで相手を殺すことができる「デスノート」を手に入れた人間。
強すぎる正義の力を持った天才同士が対決する。
というのが原作のキーだ。
その「天才同士」の部分を、ドラマ化するにあたって丸くしてしまった。

「デスノート」の使用方法「HOW TO USE IT」の英文が読めないので、辞書を取り出す。
「こんな夜神月は嫌だ」って大喜利があったらネタとして出てきそうなシーンだ。

「ふつうの青年」設定になったために


学生だとプロファイルされて、死亡時刻を変えるシーンも意味が変わってしまう。
原作では「宣戦布告」だった。
死の時間を自由に操れ、警察の情報を知る手段を持っていると誇示したと解釈された。
だがドラマ版は、「ふつうの青年」設定になったために、そうならない。
ただあわててごまかそうとした行動として扱われてしまった。

いや、ドラマ化が忠実に原作をなぞる必要はない。
ドラマとしておもしろくなるならば、アレンジすることも大切だ。
夜神月を演じる窪田正孝は、いい味を出していた(鼻の動きまでコントロールできるのかこの男は!)。
リュークの演技も上手かった。

ドラマ版のキャッチコピーは、“新たなる、対決。新たなる、結末”だ。
ここまでキャラクター設定を変えたからには、アナザーストーリーとして大胆にちがう展開をしてほしい。
中途半端に原作をなぞった展開だと、どうしても比べてしまう。
原作からどこまで離れるのか。
第二話に、期待デス。(米光一成)