この日の日本は粘り強かった。0-1で迎えた81分、アメリカの一瞬の隙を突き、宮間が同点ゴールを決める。 (C) Getty Images

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 7月17日、決勝の舞台に立った日本はアメリカに二度リードを許した。しかし、追い込まれては這い上がり、ついにPK戦へと突入する。そして、日本は過去一度も勝ったことがなかった強大な相手を打ち破り、世界の頂点へと駆け上がったのだった――。

【PHOTOアーカイブ】「なでしこvsアメリカ」激闘の記憶
 
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 日本が世界4位となったのは、3年前の北京五輪だった。あの時から、なでしこジャパンの新たな目標――世界大会でのメダル獲得への挑戦が始まった。
 
 迎えた今回のドイツ・ワールドカップで、日本はさらなる進化を見せると、メダルへの挑戦権どころか、「世界一」への挑戦権を手にしたのだ。
 
 ファイナルの相手は、世界ランキング1位のアメリカ。ワールドカップでは1991年の中国大会、自国で開催した99年大会と過去2回優勝。2008年の北京五輪でも金メダルを手にしている。
 
 これまで日本は何度もアメリカに挑戦しては、その壁に跳ね返されてきた。今年5月にはアメリカに遠征して2試合の強化試合を戦い、いずれも0-2で敗れた。その強さは熟知している。
 
 これ以上ない難敵に立ち向かう。そんなチャレンジャー精神をもって、晴れの舞台になでしこは立ったのである。
 
 しかし立ち上がりから、アメリカに力の差を見せつけられる。
 
 そのスピードとパワーに圧倒され、前半だけで12本のシュートを浴びた。ゴールゲッターのワンバックをケアしても、司令塔ロイドのパスワークを抑えても、アメリカの猛攻は止まらない。スピーディーな突破で両サイドをえぐられる。
 
 それでも日本は、まさにギリギリのところで持ちこたえ、どうにか前半を0-0で折り返した。
 
「こういう展開は予想できた」と宮間あやが語ったように、日本が耐える時間は後半も続き、69分、ついにカウンターから先制点を奪われてしまう。
 
 チーム最年少モーガンのゴールでリードを奪ったアメリカは、さらにプレッシングを強めてくる。日本は宮間のスルーパスなどでなんとか活路を見出そうとするが、なかなか実を結ばない。
 
 時間は刻一刻と過ぎ、1点が重くのしかかる――。日本の選手たちに焦りの色が見えはじめる。それでも粘り強く戦いながら、アメリカの隙をうかがう。
 
 81分だった。
 
 右サイドを突破した永里優季のクロスに丸山桂里奈が飛び込む。これはシュートには至らなかったが、DFがこぼれ球の処理にもたつく隙を突いた宮間が、相手より一瞬早くその左足を伸ばしてネットを揺らす!
 
 執念の同点弾で日本は試合を振り出しに戻したのだ。
 1-1のまま90分を終えて延長戦に入り、リードを奪ったのはまたもやアメリカだった。
 
 延長前半の104分、ワンバックがヘディングシュートを突き刺した。
 
 ついに万事休すか……。そう思われたが、日本の選手は誰ひとり、一度たりとも下を向くことはなかった。そして117分、ふたたび追いついてみせるのだ。
 
 アメリカの攻撃を必死に食い止めながらチャンスをうかがっていた日本は、左CKを得た。キッカーの宮間と澤穂希が言葉を交わす。
 
「ニアに蹴るから」(宮間)
「じゃあ前に出るね」(澤)
 
 その瞬間にアドリブで決めた作戦が、奏功するのだ。
 
 宮間の蹴ったボールはきれいな放物線を描きながらニアサイドへ。ドンピシャのタイミングで走り込んだ澤が右足アウトで合わせ、ゴールネットへ流し込む!
 
「ボールが見えなくて、ゴールに入ったかどうか分からなかった」
 殊勲の澤はそう振り返った。
 
 アメリカは3度目の勝ち越しを狙って攻め立てる。日本は必死に食い下がる。スリリングな攻防が続き、迎えた延長ロスタイム、日本が大ピンチを迎える。
 
「残り時間を考えて、(レッドカードも)覚悟の上でした」
 
 モーガンの突破に対し、岩清水梓がファウルで食い止め、レッドカードを提示される。エリア手前の位置で、アメリカに直接FKのチャンスを与えてしまったのだ。
 
 日本は8枚の壁を並べる。主審の笛が鳴り響く。スタジアムは静まり返る。しかしアメリカの最後の攻撃を、日本は捨て身の守備で凌ぎきる。
 
 120分間の激闘を経て、スコアは2-2。勝負の行方はついにPK戦へと委ねられた。
 
 このPK戦で主役の座に躍り出たのは、大会最優秀GKに選ばれたアメリカのソロではなく、日本の海堀あゆみだった。
 
 1人目と3人目をストップ。二度のビッグセーブでアメリカを窮地に追い込むと、日本は3-1とリードする。
 
 そして登場した4人目のキッカー、熊谷紗希が確実にネットを揺らす! 日本はそれまで3分け21敗と一度も勝ったことがなかったアメリカをこの大舞台で初めて破り、ついに世界の頂点へと駆け上がったのだった。
 
 ドイツ戦の丸山をはじめサブメンバーもしっかりと結果を出し、まさに総力戦で手にした女王の称号――。
 
 チャレンジャーの立場はもう終わった。なでしこの新たな戦いが、いま始まった。
 
取材・文:早草紀子
(週刊サッカーダイジェスト2011年8月2日号より加筆修正)