『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(講談社)

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 カウントダウンが始まった。7月1日、自民・公明両党は、安全保障関連法案について、今月15日頃の採決を目指す方針を確認した。憲法学者から違憲だと指摘されようとも、国民の多数が今国会での成立に否定的であっても、与党は聞く耳を持たないようだ。

 とりわけ自民党が強引に法案成立を目指すのは、安倍首相がこの解釈改憲によって事実上、憲法9条を形骸化させようと目論んでいるからに他ならない。そうして、なし崩しに既成事実をつくりあげたあと待ち受けるのは、本格改憲による「戦争のできる国」──これは抽象的な話でも脅しでもなく、事実である。

 だが、安倍晋三は戦争を知らない。無論、筆者も、この国で生きる大多数の人たちも、それがいかなるものなのかよく知らない。どうしてだろうか。

 戦後日本に憲法9条があったから──そう語るのは、アレン・ネルソンさん。海兵隊の一員としてベトナム戦争の最前線にいたアフリカ系アメリカ人だ。1996年から、日本全国で1200回を超える講演を行い、2009年、ベトナムで浴びた枯れ葉剤が原因とみられる血液のがんで亡くなった。享年61歳だった。今年の憲法記念日に放送された『NNNドキュメント 9条を抱きしめて 〜元米海兵隊員が語る戦争と平和〜』(日本テレビ系)という番組のなかに、生前の彼が語ったこんな言葉が収められている。

「ほとんどの国の子どもたちが戦争を知っています。アメリカの私の子どもたちは、戦争を知っています。イギリス、イタリア、フランス、オーストラリア、中国、韓国の子どもたち、みんな戦争を知っています。しかし、ここ日本では戦争を知りません。憲法第9条が戦争の悲惨さ、恐怖や苦しみから、みなさんを救ってきたからです」

 なぜ、彼は言い切るのか。それを理解するためには、2003年に講談社から出版された自叙伝をもとに、ネルソンさんの生涯を知るほかない。

 ニューヨークで生まれ、高校を中退。仕事を転々としていたネルソンさんが、海兵隊の採用担当職員に声をかけられ、海兵隊入りをしたのは18歳のとき。訓練を受けたネルソンさんは、翌年の66年、ベトナム戦争の最前線に派兵されるために、沖縄・嘉手納基地に赴く。当時、沖縄は返還前で、アメリカ兵は自分たちの国の一部という感覚でいたという。

〈わたしたちは東洋人の一人一人を見分けることができませんでした。みんな、同じ顔に見えましたし、それでもまったく問題はなかったのです。なぜなら、わたしたちは東洋人を、そして沖縄の人々を人間としてみてはいなかったからです〉

 そしてベトナムに派遣後、最初に遭遇した戦闘。味方の兵士が撃たれ、駆けつけたネルソンさんは、その〈目も鼻もない、ただ真っ赤につぶれた顔〉を見て戦慄する。〈みんな殺してやる、自分があんな目にあう前に、みんな殺してやる〉、そう心のなかで叫び、二度目の戦闘で初めて人を殺す。戦場で兵士たちは競い合って殺し、死体から頭を切り取って記念撮影をしていた。

 初めての殺人のあと、上官から労われたネルソンさんは〈とてもいい気分〉だったという。だがその後、〈名づけることのできない感情〉と目眩のようなものを覚えた。以降、人を殺すたびに感じるようになったこの感情は、罪の意識でも、恐怖でもなく、ましてや喜びでもなかった。

〈しいていえば、人を殺すことのあまりの簡単さへのおどろきといえるかもしれません。果てしない暗闇が目の前に突然に口を開けてわたしをのみこんでしまったような、なんともいえぬ感情でした〉

 しかしネルソンさんは、ある日の戦場で、〈戦争への考えを変えることになる決定的なできごと〉を体験する。ある村を通りかかったとき、部隊は待ち伏せ攻撃を受け、ネルソンは銃で応戦しながら一件の民家の裏庭にある防空壕のなかに身体をすべりこませた。豪のなかでは、若いベトナム人女性がひとり、苦痛に耐えながら壁に背を押し付けていた。なんと、彼女は出産の最中であったのだ。

 ネルソンさんは、思わず本能的に両手を差し出したという。そして彼女の中から生まれおちる赤子を、その両手で受け止めた。彼女はへその緒を歯で噛み切り、赤子を落ちていた布でくるみ抱えて、しばらくして豪の外へと走り出ていった。

 戦闘が終わったあと、仲間と合流したネルソンさんは混乱していた。

〈ベトナム人もまた人間なのだ、わたしと同じ人間なのだという、ごくごく当たり前の事実を、しかし、それまで決して考えてみることのなかった事実に思い当たりました。〉

 同時に、自分の母や姉妹と同じような人々を数えきれぬほど殺したことについて、感じることを禁じていた様々な感情が、ゆっくりと目覚め始めたという。〈自分はまだ人間のままでいるだろうか〉、そう自問しながら、彼は戦場を生き残った。だが、戦地から遠ざかったあとも"戦争"に苛まれ続ける。

 4年の契約期間を終えニューヨークへ戻ったネルソンさんは、23歳でホームレスになっていた。原因は、帰還後毎晩見るようになったベトナムの悪夢だ。神経過敏になり、精神科医の診療も受けるようになったが、薬は役に立たず、かえって副作用のため日常生活に支障をきたすようになっていたのである。PTSD(心的外傷後ストレス障害)だ。

 ベトナム戦争後にその症状が広く知られるようになったPTSDだが、アメリカでは今も深刻な社会問題であり続けている。『帰還兵はなぜ自殺するのか』(亜紀書房)によれば、イラク・アフガン戦争のアメリカ帰還兵200万人のうち、4人に1人がPTSDやTBI(外傷性脳損傷)などに苦しめられ、結果、毎年250名を超える自殺者を出しているという。

 これは日本の自衛隊の未来を暗示している。事実、イラク戦争にあたって、約1万人の自衛隊員が派遣されたが、帰還後に28人もの隊員が自殺していることがわかっている。通常の日本の自殺率と比べると、実に14倍だ。安倍政権が目指す安保法制によって、自衛隊の活動範囲は飛躍的に拡大する。にもかかわらず、政府は、自衛隊員の戦死やPTSD等のリスクについての説明を避け続けている。安倍首相は「日米同盟を"血の同盟"にする」と大見得をきったが、現実に待ち構えているのは比喩でない。もちろん、安倍首相自身は一滴も血を流すつもりはないだろうが。

 話をネルソンさんに戻そう。PTSDに苦しめられ、ホームレスを続けるしかなかったある日、たまたま再会した同級生に、ベトナム戦争について講演をすることを勧められた。ネルソンさんは迷ったが、結局、小学校にいき、子どもたちの前に立った。

 ぎこちなく語り終えると、子どもたちからの質問時間になった。そこで出たある女の子からの質問に、ネルソンさんは固まる。それは、彼の自叙伝のタイトルにもなっている。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

 長い沈黙のあと、ネルソンさんは、目を閉じたまま言った。「殺した」。

 すると、だれかの手が体に触れた。ネルソンさんが目を開けると、質問をした女の子がそこにいた。彼女はネルソンさんを抱きしめ、涙を浮かべながら見上げて言った。「かわいそうなネルソンさん」。子どもたちは一人、また一人とネルソンさん体を抱きしめていった。ネルソンさんのなかで、何かが溶け出した。

〈自分自身のことが、とてもよく見えるような気がしました。
 何をすべきかもわかったような気がしました。
 わたしが戦ったベトナム戦争を、悪夢として時間の牢屋に閉じこめるのではなく、今もなお目の前で起きていることとして見つめなくてならないのです。〉

 ネルソンさんは、その後、日本での講演活動を開始する。きっかけとなったのは、1995年、沖縄で起きた海兵隊による少女レイプ事件だった。アメリカのテレビでそのニュースを聞いた彼は、そのとき、沖縄にまだ基地があり、アメリカ兵がいるという事実を意外に感じたという。ベトナム戦争が終わって、とっくに米軍は撤収していると思っていたからだ。ネルソンさんは何かしなければと、沖縄へ向かう。

 そして、日本国憲法のことを知った。ネルソンさんは、ホテルで9条の条文を読み、立ち上がるほどのショックをうけたという。前述の『NNNドキュメント』のなかで、こう語っている。

「憲法第9条を読んだとき、自分の目を疑いました。あまりに力強く、あまりに素晴らしかったからです。日本国憲法第9条は、いかなる核兵器よりも強力であり、いかなる国のいかなる軍隊よりも強力なのです。日本各地で多くの学校を訪れますが、子どもたちの顔にとても素晴らしく美しくかけがえのないものが、私には見えます。子どもたちの表情から、戦争を知らないことがわかるのです。それこそ第9条の持つ力です」

 9条こそが、子どもたちを守ってきた。ネルソンさんは、夢や理想ではなく、現実として語っているのである。そして番組のもうひとつのハイライトは、ネルソンさんが、アメリカ人政治学者のダグラス・ラミス元津田塾大学教授と9条について語り合う場面だ。VTRは少なくとも今から10年近く前のものであるはずだが、その内容は、まさに現在の安倍政権をめぐる日本の状況を示唆している。引用しよう。

 ネルソン「平和憲法は日本人が考え出したものではないとかアメリカ人に与えられたものだと言う人がいます。しかし、誰にもらったかは問題ではありません。平和憲法は私たちが進むべき未来を示しています。たとえ宇宙人がくれたものだとしても、これは全人類にとって大切なものです。問題は今、当初の平和の理念が置き去りにされようとしていることなのです」
 ラミス「私たちは平和憲法のもと、平和な日本で暮らしています。日本は世界一の平和国家と言われています。でも同時に沖縄には米軍基地がある。これはファンタジーです」
 ネルソン「たしかにそこは大きな問題です。日本人は間接的に戦争に関与してきました。しかし、9条のおかげで直接的に戦争には関わっていません。言い換えると、第二次世界大戦後、日本は新たな戦没者慰霊碑を建ててはいない。そこが私には素晴らしいと思えるのです」

 日本国憲法は"誰がつくったか"が本質ではない。条文が示す、戦争放棄、戦力不保持、平和主義の理念を見つめるべき──そう、ネルソンさんは訴えるのである。昨今、護憲派の人々は、改憲派やネット右翼らから「脳内お花畑」とか「9条教」などと揶揄されている。しかし、ネルソンさんが9条をこれほど高く評価するのは、戦場で人を殺し、生還後もPTSDに苦しんできた自身の体験があるからだ。

 ネルソンさんは、決して夢想家ではない。少なくとも、戦場の実態を知っているという意味では、安倍首相をはじめとするほとんどの改憲派の人たちよりもリアリストだろう。戦争で人を殺さず、殺されないこと。そのことをはっきりと規定した9条の条文が、ときの権力者の暴走に歯止めをかけてきた。ネルソンさんの言葉はその事実をあらためて私たちにつきつける。

 与党は、国会での安保法制改正案の強行採決を目論んでいる。あの戦争の終結から70年が経つこの夏は、日本が再び戦争ができる国になった夏として、歴史に刻まれるかもしれない。人を殺し、殺されることが「当たり前の事実」になる日を目の前にして、私たちはこのまま、手をこまねいているだけでいいのだろうか。
(小杉みすず)