準決勝のイングランド戦は、誰も想像していない終結だった。互いにPKをモノにし、1−1で迎えた後半ロスタイム。ピッチ上は拮抗していた。ベンチにいる選手は延長戦に備えて氷のうを作り、もう片方の手にはドリンクボトル。まもなく鳴るであろうホイッスルで戻ってくる選手を出迎える準備を整えていたときだった。

 熊谷紗希(オリンピック・リヨン)がパスカットから、すぐさま右サイドの川澄奈穂美(INAC神戸)へつなぐと、ドリブルで運びながらDFとGKの間へ速いボールを送る。中央に走り込んでいた大儀見優季(ヴォルフスブルク)はすでにマークをはがしており、あとは当てるだけ。その危機感を察したDFバセットが懸命に足を延ばしてボールの軌道を変えるが、無情にもそのボールはクロスバーを叩き、そのままゴールマウスの中へ。これが日本を2大会連続の決勝へ導くオウンゴールとなった。

 オウンゴールと言えば事故的な含みを感じるが、この場合は違う。バセットはこの現実に号泣していたが、絶対的な危機にDFとしては当然の選択であり、彼女が触らなければ確実に大儀見の足元へ入っていた。さらにそのファーサイドにはしっかりと岩渕真奈(バイエルン・ミュンヘン)が走り込んでいたのだ。川澄の精度の高いクロスボールが入った時点でこの得点は決まっていたようなものだった。

 今大会で、最も日本が自らの良さを消された試合となった準決勝。前半からイングランドの攻勢に主導権を握ることができない。徹底して長身のスコットに当て、DF裏のスペースを狙うイングランドの攻撃は決して難しいものではないが、そのプレイひとつひとつの精度が高い。"特長がない"のではなく、"高精度のシンプル"といったところか。

 わかっていてもスコットにボールが入るのを止められない。高さだけでなく、スピードも兼ね備えたMFスコットに翻弄された立ち上がり。マッチアップしていた鮫島彩(INAC神戸)は、ボランチの宇津木瑠美(モンペリエHSC)とサイドハーフの宮間あや(湯郷ベル)との距離感を縮めて複数枚で何とか対応する。ボールポゼッションでは数字こそ日本が上回っていたが、中盤を飛ばすロングボール攻撃に、得意の前線からのプレスはかからず、クリアボールもセカンドが拾えずに日本は苦しい展開に陥っていた。

 そんな中で生まれたのが阪口夢穂、有吉佐織の日テレ・ベレーザコンビからのビッグチャンスだった。阪口からのロングフィードに抜け出した有吉。ボールをおさめたとき、すでにゴールまでの視界は開けていた。結果、後追いのDFラファティに倒され、PKをもぎとった。

 なでしこの"キッカー"宮間は落ち着いてボールをセットするとGKを見据えた。ホイッスルが鳴っても動かない。時間を目一杯使い、ようやく入った助走でもフェイクを入れながら焦らし続ける。先にしびれを切らしたのはGKだった。駆け引きに勝った宮間は、GKの動き出しを確認してから、逆サイドへ沈めるとガッツポーズ。初戦に続き、絶対に外せない場面で決める強心臓を見せた。

 その7分後には、今度はゴール前の混戦で大儀見がファウルを取られ、PKに。MFウィリアムスが海堀あゆみ(INAC神戸)の読みよりも、速いシュートを決めて試合を振り出しに戻した。PKは共に確実に決め、互いに良さを消し合う難しい試合だった。

 この試合でなでしこが見せた変化がある。ひとつは"粘り"。押し込まれた時間帯でも決勝トーナメントに入ってから安定している、ファーストDFが入った後のカバーリングの連係を軸として粘り強く我慢し続けた。

「もっとラインコントロールで相手をオフサイドにかけるとか、中盤の距離を埋めたかった」と振り返るのは岩清水梓(日テレ・ベレーザ)。

 特に後半は、これまで高く保っていたラインが下がってしまう苦しい時間帯を最後まで耐え続けた。

 攻撃では、大儀見、大野忍(INAC神戸)の2トップが前試合のオーストラリア戦同様に前からプレスをかけようとするも、イングランドは最終ラインからすぐさまロングボールに転じるため、プレスのかけどころがなかった。ボランチへのマークも徹底されていたため、前線にボールがつきにくい。決定機につながる形にできたのは今大会最も少なかった。

 だが、この状況下でも我慢強く、サイド攻撃や裏への抜け出しのタイミングを狙い続けた結果、オウンゴールを呼ぶ崩しにつながっている。なでしこジャパンを表すものとして見た目にも華がある"パス回し"がよく挙げられるが、彼女たちの真の強みは"粘り強さ"にある。互いに譲らない展開で勝利を引き寄せたのはこの"粘り"だったように思う。

 そして、もうひとつの変化は"ベンチとの距離感"だ。先制点となったPKを全員が肩を寄せ合って祈りながら見つめるサブメンバー、そのPKを決めた宮間がベンチへ全力で走り寄ったことや、試合中にベンチから絶えずピッチに向かって声がかけられている姿にその変化は見て取れた。このチームには4年前のような爆発的な勢いはないかもしれない。けれど、さまざまなプレッシャーの中でひとつひとつを見極めながら積み重ねてきた強さ、しなやかさがある。そして、その苦しみを味わってきた仲間と、それを初めて経験する選手が今、ようやくひとつになってきた。

 今大会に入っても常についてまわる"4年前のチーム"の印象。4年前の自分たちと比べられ続けてきたチームが、今、それを乗り越えようとしている。

 奇しくも決勝は4年前と同じアメリカと相まみえることになった。決勝には初戦のケガで離脱した安藤梢(フランクフルト)も戻ってくる。再び揃う23人。最後の決戦の舞台は整った。
「オリンピックはアメリカに金メダルを持っていかれた。ワールドカップは渡さない」(宮間)。

"今の"なでしこジャパンである彼女たちにしかできないプレイがある。目標であったワールドカップ2連覇まであと一勝。なでしこジャパンが再び世界を獲りに行く。

早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko