陣内家の旗をかかげ、勇ましい夏希先輩マジかっこいいかわいい。でも彼女の映画ではありません。

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田舎の大家族が抱える、相談不足によるストレス


サマーウォーズ』の監督、細田守はちょっとだけずるいと思う。
「田舎の大家族」を賛美し、いい話に見せるのがうまいからだ。
しかし、監督は「田舎の大家族」のこと、本当に好きなんだろうか?

この映画を見るたびに苛立つシーンがある。
スーパーコンピューターを冷却していた氷を、おばあちゃんを冷やしたいと警官の男が移動させたことで、作戦が台無しになる場面だ。
人情がやらかした行動だ。だが「外側」の人間として見ている視聴者からしたら、全く笑えない。
なぜ、一言相談がないのか。
子どもたちが操作を邪魔したことで、キングカズマがラブマシーンにKOされたシーンも、我慢できない。

陣内家の家風は、男は戦え、女は家を守れ、という思想がとても強い。
性差による仕事分担がものすごくはっきりしている。
特に、嫁入りした女性たちは、本家に気を使いながら、でかい屋敷の家事全部背負わないといけない。

船の持ち込みや、スーパーコンピューターのシーン。絵的には、これから何が起こるのかとワクワクする場面だ。
しかし家を守る女達がリアルに描かれちゃった分、見ていて気が気ではない。
畳がいくつだめになったことか。フォークリフトをぶつけた渡り廊下の傷に背筋が凍る。
嫁さんたちの胃は、クライシスだ。
サマーウォーズを田舎の大家族の嫁の視点で観たら - Togetterまとめ

栄ばあちゃんの手紙を読んで、皆が一度話し合わなかったらと考えるとゾッとする。
たった一言の、状況説明と相談が圧倒的に足りない。
男が一人でも家事を手伝い、女が一人でもOZの戦いに参戦していれば、全く違う映画になったはずだ。

濃すぎる人間関係


この映画は「生身のつながりが大事だ」「家族がいて嬉しい」という、栄おばあちゃんの思想が前面に押し出されている。
侘助という嫌われてしまった、孤独なはぐれものにとって、まさに救いの言葉。
外側から来た健二や、引きこもっていた佳主馬にも、強く染みるだろう。

とはいえ、彼らは陣内家と接点がそれほど深くない。
健二はこれから都会に戻る。
佳主馬は格闘の師匠のおじさんと、出産間近の妹と、母親くらいしかつながりがない。
彼らに感情移入できれば、ほどほどに心地よい。他の人間と関わらなくていいから。

一方、陣内家に密着している側は大変だ。
嫁入りしたショートカットの奥さんは、一切台所から出してもらえていない。

「次男坊って本当に役に立たないわね」「なんでこんな時によそんちの心配までしなきゃなんないわけ?」
独特のルールが流れる、殻に閉ざされた「陣内家」という小さな世界。
突然やってきた健二にオヤジが「ヤったか」と聞いてくる。
人間関係が、濃すぎるのだ。

コミュニケーション過多によるストレスは、『サマーウォーズ』の原点になっている『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』でも描かれている。
電子世界のピンチだというのに、島根の田舎のばあちゃん連中が焦りをわかってくれない。好意がじゃまになってしまうシーンが、幾度も入る。
深すぎる人間関係の鬱陶しさが、戦う子どもたちをいらだたせる。

『サマーウォーズ』で、細田守はあえてこのような「濃すぎる関係」の面倒臭さを全部隠さなかった。
息の詰まりそうな人間関係の濃度をひっくるめて、「家族」として表現した。
「美味しいものを食べて手を取り合えばなんとかなる」という「理想=おばあちゃんの思想」で、まとめあげる。

細田守はインタビューの中で、家族について「面倒くさい」「契約にしばられる」と考えていたことを明かしている。
しかし結婚した時に、「それまで会った事もない人と次の瞬間には家族になる、ということが、とても不思議で面白かった」と述べている。
彼の考える、「コミュニケーションの理想形」と、現実と照らしあわせた時に咬み合わないいびつさは、『おおかみこどもの雨と雪』でさらに深化していく。

細田守の「理想の家族」を楽しそうに描きながら、「でもそこに入るのは面倒くさい」という感覚で揺れている。
落とし所になっているのが、もっともこの家で浮いている存在の夏希先輩だ。
彼女と、数学チート能力持ちの健二、OZ格闘チャンピオン佳主馬が目を引く行動を取ることで、物語は、きれいに着地している。

「総アカウント数の13.837%1億5千万以上のアカウントが集まった」
「なんでこんなに」
「きっとナツキが美人のおかげだ」
(「サマーウォーズ」より)

冗談の一言とはいえ……美人ならしかたないよね! アニメ的には。
なんで花札やってたのが夏希先輩なの?とか、夏希先輩は侘助のことひょろっと忘れて健二に惚れていいの?とか、彼女の思考はとても謎だらけだ。
(注・映画ではほとんど描かれていませんが、詳しくは小説やマンガで補完されています)。
でも美人。だから夏希先輩は最後に健二の「ご褒美」になる。

ちなみに世界中から応援のアバターが来るシーン。
『ぼくらのウォーゲーム!』では、同様に世界中から応援メールが送られてくる。ところが大量のメール受信のせいで、処理速度が落ちて負けそうになる、という真逆の展開になっている。監督の中の「コミュニケーション感覚」は、如実に変わっている。

孤独に消えた夏の幻



さて細田守の愛情は、侘助と、もう一つの存在に注がれている。
それは、侘助が作ったAI・ラブマシーンだ。

「the magic words are squeamish ossifrage To know is to know that you know nothing That is the true meaning of knowledge」

OZのパスワード。意訳すると「魔法の言葉は 「squeamish ossifrage」。知っておいて欲しいのは、君は何も知らないということ。それが知識というものの本当の意味だ」

(ちなみに「squeamish ossifrage」はアメリカ「サイエンス」誌で公開された1977年の読者への暗号解読チャレンジの答え。出題者は絶対とけるはずがないと出したもので、1994年に解かれた、というネタ)

『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』の敵ディアボロモンは、バグや不正プログラムから生まれた、明らかな攻撃意識をもったデジモンだった。
一方、ラブマシーンはただ「知識欲」だけを与えられた、侘助によって作られたAIだ。「ハッキングAI」とは言われているものの、実質悪意を持った敵ではない。だから彼はOZで「ゲーム」楽しんでいるだけ。
アメリカの実証実験を行なった人間がおり、OZに解き放たれたがゆえに、本能のままアカウントや情報を収集し続けるモンスターになってしまった。
そこからは世界中から敵扱い。城にとじこめられては水をぶっかけられ、ふんだり蹴ったりで哀れにすら見える。

こいこいの勝負に乗るラブマシーンは、無邪気でかわいい。
自分にとってマイナスでしかないのに、ゲームが好きだから試合を受け、負けた。
最後、キングカズマに一撃を食らって、散っていく。

彼は何も知らなかった。
OZのパスワードの通り、「何も知らない」という「知識」を最後まで得ることが出来なかった。
ラブマシーンは孤独だ。
たった一人でいい。AIであるラブマシーンを適切に扱い、育てたなら、幸せなプログラムになったはずだった。

笑顔の葬式の向こう側で、「愛情」の名を持つラブマシーンだけは、誰にも救われなかった。
細田守は自分の思う「理想像」を美しく描ける作家だ。
そして、理想の輪に入れないヤツも、必ずいるのだ。

(たまごまご)