『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新書)

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 大きなニュースになった新幹線での焼身自殺。自殺したのは71歳の一人暮らしの老人で、「年金が少なく生活できない」ともらしていたという。公共交通機関を死に場所に選び、何の関係もない人を巻き添えにしたその行為は正当化されるものではないが、しかし、貧困にあえぎ、孤立する老人の姿はけっして、他人事ではない。

 日に一度しか食事をとれずスーパーで見切り品の惣菜だけを持ってレジに並ぶ老人、生活の苦しさから万引きを犯し、店員や警察官に叱責される老人、医療費が払えないため、病気を治療できずに自宅で市販薬を飲んで痛みをごまかす老人、誰にも看取られることなく独り静かに死を迎える老人......。

 さらに、これからの季節、深刻なのは、持病のある高齢者が倒れたまま発見されず、手遅れになる事態だ。「室内で転倒して動けなくなり、誰にも気づいてもらえない。身体は腐敗して真っ黒になり、人間としての原形をとどめていないこともある。遺体からは、腐敗した血液などの体液が流れだし、うじ虫やハエが室内を占拠するため、異様な腐敗臭が充満する」、そのようななかで、遠い親戚や遺品整理業者らが片付けを行うのだ。

 社会的に孤立し、人間らしい余生や最期を送ることができずに、孤独死しかねない"下流老人"は、現在推定で600万〜700万人はいるという。

 12年間、埼玉県を中心に下流老人を含めた生活困窮者支援を行うNPO法人の活動に携わってきた藤田孝典氏の著書『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新書)によれば、今後も深刻な"下流老人"が増えていき、「平均的な給与所得があるサラリーマンや、いわゆるホワイトカラー労働者ももはや例外ではない。(略)現役時の平均年収が400万円前後、つまりごく一般的な収入を得ていても、高齢期に相当な下流リスクが生じる」「普通に暮らしてきた人々が、老後を迎えて、普通の生活を送れなくなってしまうような事態、すなわち下流に転落してしまう」(同書より)というのだ。

 藤田氏は下流老人を「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」と定義し、下流老人の具体的な指標として、1「収入が著しく少『ない』」、2「十分な貯蓄が『ない』」、3「頼れる人間がい『ない』」(社会的孤立)という3つを挙げている。

 1「収入が著しく少『ない』」状態とは、いわゆる「貧困」状態だ。「相対的貧困率」(統計上の中央値の半分に満たない所得しか得られない人の割合)を目安に、2013年の国民生活基礎調査をもとにすれば、一人暮らしの場合、年の可処分所得額122万円、二人世帯では約170万円、三人世帯では約210万円、四人世帯では約245万円、この基準以下の収入しかない場合があてはまる。

 2「十分な貯蓄が『ない』」状態は、収入が少ないために貯蓄に頼らざるをえないのだが、老後の生活もお金がかかる。「高齢期の二人暮らしの場合の1か月の生活費平均は、社会保険料などをすべて込みで約27万円。仮に年金やその他の収入が月約21万円あったとしても、貯蓄額が300万円では約4年で底をつくことになる(不足分6万円切り崩し×50か月)。仮に1000万円あっても、14年弱しかもたず、最終的に貧困に陥る可能性があるのだ」(同書より)

 厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」によれば、4割以上の高齢者世帯が貯蓄額500万円に満たないとされ、数年で「すでに貯金を使い果たしてしまった」状態に陥りかねないのだ。

 貯蓄がゼロのうえに、相談できる、3「頼れる人間がい『ない』」(社会的孤立)となれば、生活に困窮しても助けを求められず、問題が表面化するのは重篤化してからだ。

「下流老人とは、言いかえれば『あらゆるセーフティネットを失った状態』と言える。収入が低くても、親の遺産なども含め十分な貯蓄があれば問題ない。また、貯蓄がなくとも、家族の助け、地域の縁があれば支えあって暮らしていける。しかし、そのすべてを失ったとしたら......。現状において、有効な手立てを講じるのは難しいと言わざるをえない」(同書より)

 たとえば、同書で紹介されている新潟県出身の男性・加藤さん(76)は、県内の公立高校を卒業して以降、自衛隊や飲食店、介護職など仕事を転々としてきた。「ところが、40代にさしかかるとき、重大な転機が訪れる。一番働き盛りのこの頃に、両親が相次いで病気に倒れ、介護が必要な状態になってしまったのだ」。

 独身だった加藤さんは正社員の仕事を辞め、10年間介護を続けた。両親の死後、50代半ばとなった加藤さんは新潟の実家を引き払い、首都圏に出る。65歳まで介護の仕事で働き、年金を受け取るようになると、厚生年金がわずかに9万円であることが判明する。「両親の介護離職による年金加入年数の少なさ、低賃金などから支給される年金は少なかった」のだ。

 糖尿病に、介護の仕事で患った腰痛で働くこともできず、500万円ほどあった貯蓄も瞬く間に消えてしまった。年金支給日前には野草を食べて暮らしたほどだ。

「野蒜(のびる)って知っているか。見た目がエシャロットとかラッキョウに似た小さな野草、一時期はそれを主食にしていてさ。それを食べて暮らすんだよ。よもぎとかふきのとう、つくしなんかも採っていたな。野草には救われた。それがなかったら餓死していたかもしれないと思うときもあるよ」(同書より)

 現在、加藤さんは厚生年金に足りない部分の約4万円は生活保護を受け、家賃5万円で滞納していたアパートから低家賃の住宅に転居し、健康状態も回復することができた。

 これらは、単に「かわいそう」といった同情や「自己責任」「自助努力」で解決できる問題ではない。簡単に"下流老人"に転落しかねない家族扶助を前提とした年金制度、負担ばかりが高まる医療費に家賃、「経済優先・弱者切り捨て」の原則に基づいた社会構造を見直すべきなのだ。

 だが、現実は逆だ。すでに今年8月から、介護保険制度の改正で160万円以上の所得の人は負担額が倍になることが決まっているが、安倍政権はさらに社会保障費のカットを計画している。

 自民党は稲田朋美政調会長を財政再建特命委員長にすえ、年間5000億円の社会保障費をカットする計画を進めている。これから先、介護保険はもちろん、医療、年金、生活保護と、あらゆる分野で、負担増、支給・サービス減の改悪が進んでいく。

 絶望した老人が次々に自死を選ぶ。そんな社会はすぐ目の前に迫っているのだ。
(小石川シンイチ)