バッバ・ワトソンが2度目のトラベラーズ選手権制覇(Photo by Cliff Hawkins/Getty Images)

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 「ネガティブな気持ちで来たら、その時点で、もう勝てない」――開幕前、そんな名言を口にしたジョダーン・スピースが全米オープンを制した翌週。今度は米ツアーのトラベラーズ選手権でバッバ・ワトソンがスピースの言葉を実証するかのような勝利を挙げた。
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 最終日、首位を走っていたワトソンは17番でこの日唯一のボギーを喫し、その1打のせいでポール・ケーシーとのプレーオフへ。
 だが、ワトソンは強かった。プレーオフ1ホール目はドライバーショットを大きく右に曲げながらも、しぶとくパーを拾った。2ホール目はフェアウエイからの第2打をピン2メートル半へピタリ。バンカーからバンカーへ、そしてグリーンオーバーとミスを重ねたケイシーを傍目に、最後はバーディで勝利。同大会2勝目、米ツアー通算8勝目を挙げたワトソンは、もはや号泣することなく、落ち着いた笑顔で喜びを噛み締めた。
 思えば、ワトソンが2010年の同大会を制し、初優勝を挙げたあのときもプレーオフだった。コーリー・ペイビン、スコット・バープランクを相手に2ホール目で勝利を決めたワトソンが、顔をグチャグチャにしながら涙を流した姿が今でも忘れられない。
 あのとき、ワトソンは自分が優勝する姿を病床の父親に見せたい一心でプレーしていた。「6歳のとき、父が短く切った9番アイアンをくれた。僕は父からゴルフの基本を教わり、そのあとは自己流で腕を磨いてきた」。
 その父親は元軍隊でグリーンベレー所属の精鋭で、ワトソンには「厳しく優しい父だった」。だが、最愛の父は2010年当時は重い喉頭がんにおかされており、「余命は長くないとわかっていた」。ジュニア時代や大学時代の優勝シーンは何度も見せることができたが、2002年にプロ転向し、2006年に米ツアーデビューを果たしてからは4年以上も未勝利が続いていたワトソン。「父の命があるうちに僕の優勝をどうしても見せたかった」。
 勝利への強い想いを抱いて挑み、そして想いを遂げた2010年大会。表彰式で父親に電話をかけ、言葉を発しようとした瞬間、嗚咽にむせび、泣き崩れたワトソンの姿は、今でも私の脳裏に焼き付いている。
 「あの優勝は父が見た最初で最後の僕のプロとしての勝利だった。そして同時に、僕自身が見た僕の確信でもあった」。このハイレベルな米ツアーで戦っていけるという確信。その確信が自信になり、さらなる勝利へ、マスターズ2勝へとつながっていった。
 「僕がこの地で挙げたあの初優勝の3か月後に父は他界した。あのとき、5年後の今の僕は想像もできなかったし、もし5年前に戻って今を予言するのなら、父にも生き返ってもらわなきゃ。いや、そんなことはできないし、未来は誰にもわからない。でも僕は、自分がメジャーで勝つためだけにプレーする偉大なるゴルファーだなんて思ってもいない。僕の人生最大の夢は米ツアーで戦うこと。その夢から比べると、すでにメジャー2勝、通算7勝を挙げてきた今の僕は、僕が夢見てきた以上の僕になっている」
 開幕前にそう言ったワトソンは、初優勝する以前の気持ちを思い出していたのかもしれない。ストレートすぎる発言がしばしば問題視されるワトソンだが、思い出深きこの地にやってきた今年のワトソンは、終始、謙虚で前向きで、「ここなら勝つチャンスがある気がする」と言っていた。
 そのチャンスを掴み取って勝利を挙げ、思い出の地にさらなる思い出を加えたワトソンを眺めながら、再び先週のスピースの言葉を反芻した。「ネガティブな気持ちが来たら、その時点で、もう勝てない」
 ひたむきな気持ち、ポジティブな気持ちで挑めば、その時点で、勝利の女神は気づいてくれる。この地の女神は、だからワトソンに、2度、振り向いた。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
<ゴルフ情報ALBA.Net>