■アスリートWATCHing〜腕時計から見るスポーツの世界

 現在、時計市場を賑わせている時計ブランドは、2種類に分けることができる。

 ひとつは時計専業ブランド。よほどのメガブランドを除けば、経営規模が小さくて知名度もさほど高くない。そのため人気スポーツの発信力を利用したド派手なマーケティング戦略を打つことが多い。

 もうひとつが、すでに他業種で圧倒的な名声を得ているラグジュアリーメゾン。彼らはファッションやアクセサリー、ジュエリーと同様に、時計を"時間を楽しむためのアイテム"と見なしている。そのためブランドと世界観を共有できるスポーツイベントに対して、さり気なく協賛することが多い。

 ラグジュアリースポーツの最上位に位置するのはヨットである。そして、その最高峰が1851年に始まった国際ヨットレースの「アメリカスカップ」(アメリカズカップともいう)。多くの時計ブランドがチームのサポートをしているが、大会自体をサポートするのは、かのルイ・ヴィトンである。

 ルイ・ヴィトンは旅行用トランクをルーツとしており、全てのアイテムに"旅"というコンセプトが投影されている。そのため海や船とも世界観を共有できる。

 1983年からはアメリカスカップへの挑戦艇(※)を決める「ルイ・ヴィトン カップ」を開催しており、ヨット界とのつながりも非常に深いのだ。

※アメリカスカップは、前回大会の勝利チーム(もしくは同国のチーム)を"防衛艇"と呼び、彼らが保有するカップを巡って争うマッチレースである。そのため、まずはアメリカスカップに出場できるチーム("挑戦艇"と呼ぶ)を決めなければいけない。世界各地のヨットクラブがシンジケート(チームのこと)を結成し、名誉と威信をかけて船を造り、クルーを集めて、「ルイ・ヴィトン カップ」という「挑戦艇決定シリーズ」を戦う

 一方、時計部門にも力を入れている。ムーブメント専門会社「ラ・ファブリック・デュ・タン」を傘下に収め、ヨットレースのスタート方式に合わせたカウントダウン式のクロノグラフやダイバーズウォッチを製作している立派な時計ブランドでもある。

 ラグジュアリーメゾン×時計×ヨットという、"華やかに時を楽しむ方程式"を完成させたルイ・ヴィトンは、今年からアメリカスカップとのつながりをいっそう深めた。

 アメリカスカップの前哨戦となる「アメリカスカップ ワールドシリーズ」、予選となる「アメリカスカップ クオリファイアー」、そしてアメリカスカップに出場する"挑戦艇"を決める「チャレンジャー・プレーオフ」の各タイトルパートナーと、2017年に開催される第35回アメリカスカップのプレゼンティングパートナーになることが決定したのだ。

 ルイ・ヴィトンの全面的なバックアップを受けるということは、アメリカスカップの大会運営を取り仕切るACEA(アメリカスカップ・イベントオーソリティー)にとっては、相当心強いのではないだろうか。なぜなら、ACEAの不手際もあり、アメリカスカップの威光が失墜しかねない事態になりかけているからだ。

 第35回大会に向けてすでに決定していたプロトコル(フランス語で"手順"の意味)を、突如大幅に変更したことで、イタリアの有力チームで、プラダが支援している「ルナ・ロッソ」は先行投資が無駄になり、30億円とも言われる多額の損害を受けてしまった。

 人気と実力を兼ね備えた2チームに降りかかったトラブルは、大会の盛り上がりに水を差すだろう。奇しくも日本では「ソフトバンク・チームジャパン」が発足し、アメリカスカップ出場へ向けた歴史的スタートが切られたというのに、何とも先行き不安な状況なのである。

 しかし、ルイ・ヴィトンが火中の栗を拾うがごとく、大会全体を包括する第35回アメリカスカップのプレゼンティングパートナーとなった。ルイ・ヴィトンは世界ブランドランキングのラグジュアリー部門で、9年連続世界一を達成しているビッグネーム。いまさら知名度向上のために動く必要はない。それでも支援をした。それはヨット文化に対する深い尊敬の念があるからだろう。

 ちなみに、ルイ・ヴィトンが動いたことが功を奏したのか、不参加の可能性があった件の2チームへの支援も集まり、参戦の意向を見せているという。

 大切にしているのは、ブランドアイデンティティと共鳴できるイベントをサポートすること。アメリカスカップの危機に立ちあがったのは、ルイ・ヴィトン流の「ノーブレス・オブリージュ」(フランス語:noblesse oblige/高貴な者の義務)なのかもしれない。

 ヨットレースの最高峰はルイ・ヴィトンと共に、7月に行なわれるイギリス・ポーツマスのレースから、再始動する。

篠田哲生●文 text by Shinoda Tetsuo