16年ぶりとなったニッサンのル・マン参戦の結果は惨憺(さんたん)たる結果となり、3台中2台がリタイア、唯一チェッカーフラッグを受けることができた一台も規定周回数の不足で完走扱いにすらならなかった。

予選から決勝まで、何ひとついいところなく終わったように見えた復帰戦の敗因は「ニッサンGT−R LMニスモ」(以下、GT−Rニスモ)という新開発マシンにあるといわれる。フロントエンジン、フロントドライブ、つまり「FF」方式を採用した珍マシンだっただけでなく、完成が大きく遅れた結果、明らかに準備不足な状態でのレースとなってしまったのだ。

しかし驚いたのは、この悲惨な戦いを終えた欧州ニッサンのモータースポーツ責任者、ダレン・コックス氏が「我々は一台のマシンをゴールに導くという目的を達成した」と語っていたことだ。本気か?

確かにニッサンにとっては「久々のル・マン」だったに違いない。そして前代未聞のFFレイアウトでのチャレンジという難しさもあっただろう。

だが、あえて言わせてもらえば、そんなことは初めから「わかりきっていた」はず。悲惨な状況の中、走らないマシンと格闘し続けたドライバーたちや、ピットガレージの中で本当に眠る間もなく必死にマシントラブルと格闘し続けたメカニックたちには心から敬意を表したいが、その上でこのニッサンのル・マン参戦は「何かが根本的に間違っている」としか思えなかったのだ。

長年、ル・マンをはじめとしたスポーツカーレースを取材しているイギリスのジャーナリスト、アンドリュー・コットン氏もニッサンのル・マン・プロジェクトに首をかしげたひとりだ。

「最も大きな問題はこのプロジェクトを誰が主導しているのかよくわからないということだ。僕が見る限り、日本のニスモが中心になっているようには思えない。一見、ダレン・コックスの率いる欧州のモータースポーツ部門が主導しているようにも見えるが、マシンの製作とチームの本拠地はアメリカ…。

FFのLMP1−Hという、まったく新しいコンセプトのマシンをこんな複雑な体制で造ろうとすれば、地理的な要因からムダが多く、プロジェクトが遅れるのは当然だ。なぜこんなことになっているのか僕にはまったく理解できないよ。日本のニスモかイギリスのレース部門がリーダーシップを発揮できていれば、こんなことにはならないと思う」(コットン氏)

また、フロントエンジン、フロントドライブという、このマシンの「革新的」なコンセプトに関しても「疑念」を呈する声は多い。GT−Rニスモを設計したデザイナーのベン・ボールビー氏が語る。

「レーシングカーのデザインはレギュレーション(技術規定)をどう解釈し、そこからいかにして新たな可能性を導き出せるかだと思っている。そこでミッドシップエンジン、後輪駆動を想定して決められている現在のLMPマシン規定のいわば逆を突いて、フロントエンジン+前輪駆動のマシンにすれば、マシンの空力性能を大幅に向上させることができると考えたんだ」

だが、実際には多くのレース関係者はこのアイデアを「机上の空論にすぎない」と切り捨てる。

実際、FF化で空力性能が向上し、より効率よくダウンフォース(マシンを下向きに押しつける力)を発揮するはずの「GT−Rニスモ」は、直線スピードこそ速いものの肝心のコーナーでは格下のLMP1マシンと比較してもメチャクチャ遅く、誰がどう見てもダウンフォースが効率よく発生しているとは思えなかった。

オンボード映像(ドライバーの視界に近い映像)を見ても、コーナーのアンダーステアはひどそうだし、ライバルの多くが四輪駆動なのに対し、前輪駆動だけではトラクション(タイヤの駆動力を路面に伝える力)の限界も低い。それに一応搭載されているはずのハイブリッドシステムについても「ほとんど機能していない」というのが実態のようだ。

さらに、マシンのフロント部分にエンジンと駆動系、操舵系のすべてのメカニズムが集中しているため、レース中に前から衝突すればそのダメージは大きい。そもそも、ギチギチに詰め込んだフロント部分の作業性は低い。

「ル・マンではレース中のアクシデントも多い。メカニックの作業性も重要な要素ではないのか?」と、ボールビー氏に聞くと「だから我々は24時間をできるだけノートラブルで走ろうという作戦だ」と真顔で答えるのだが、現実にはまったく逆の状況となっていた。トラブルが多発し、メカニックは終わりのない作業に明け暮れていたのだ。

「所詮、彼らの言っていることは机上の空論。レースのことを少しでもわかっている人間なら、特にル・マンを理解して真剣に勝負をしようと思っているなら、あんなマシンを造ったりはしないよ」と語るのは、外国人ジャーナリストのA氏。

だとすれば、問題はなぜ、そして誰が今回のル・マン・プロジェクトにゴーサインを出したのかということだ。

ひとつの可能性としては、レースのことを何もわかっていない連中が権限を持っていて、本気で「勝てる」と勘違いしている場合。もうひとつは、初めからポルシェやアウディ、トヨタなどと戦えないことをわかっていながら、奇をてらったマシンで注目を集めてメディアへの露出が多ければ「ニッサンのマーケティング的には成功」と考えている場合だ。

「皮肉な話だが、今回のル・マンの公式ポスターの主役はニッサンのマシンだし、マシンがまともなテストもできていないのに巨額の費用をかけたプロモーションビデオの撮影には余念がないようだ。

どんなに結果が悲惨でも、レースに興味がない大多数の人たちにとっては『革新的なマシンで挑戦したが惜しくもリタイア』と言えば何かチャレンジしたイメージになる。奇抜なデザインのマシンも彼らにとってはマーケティングの一環にすぎないんじゃないのかな?」(前出・A氏)

今回のニッサンのプロジェクトにゴーサインを出した人が、本気でこのFFマシンの可能性を信じているのか? それともマーケティングの成果だけを重視しているのかはわからない。

しかし、ニッサンの貴重な財産であるGT−Rのブランドやニスモの名前をル・マン惨敗でここまで貶(おとし)めておいて平気でいられるのなら、その人間には「モータースポーツへの愛情」はおろか、「ニッサン」という社名がこれまで培ってきた歴史への愛情もないとしか思えない。

(取材・文・撮影/川喜田 研)