大儀見優季が、ふと涙ぐんだことがあった。

 今年5月1日、ドイツ杯決勝でポツダムを下してヴォルフスブルグが優勝した試合後のミックスゾーンでの出来事だ。

 その日の出場は73分からで「全然疲れてませーん」と自虐的な笑いを報道陣に提供し、優勝カップを手におどけてみたり、仲間たちとうれしそうな笑顔を見せた、その直後のことだった。

 今年1月にヴォルフスブルクに加入してからを振り返り、「何が評価されているか(いないのか)わからない。常に自分自身との戦い」と話していた大儀見。「充実した日々を送っているのでは?」と問いかけると、「うーん......」と、深く考えてから答えを絞り出す。

「色んなことで苦しんでいる分、充実感はあります。うまくいかないことだらけなので、しっかり向き合うこと、考えることに関しては今まで以上に困難な壁がいっぱいある。だから、充実しているといえばしています」

 日々の苦しみを、あえて充実と変換しているようにも聞こえた。続けて、その苦しみの中身についても明かす。

「ポツダムで残してきたものが、そこまで評価されてないような気もする。そういう(過去の実績が評価されない)扱いをされてしまうことがある」

 大儀見はかつてポツダムでリーグ3連覇、女子チャンピオンズリーグ優勝に大きく貢献し、2012−2013シーズンにはリーグ得点王に輝いた。言わずと知れた欧州でも屈指のストライカーだ。現在27歳、キャリアは中堅からベテランの域にさしかかったばかりで、今季も9試合で5得点を決めている。前所属のチェルシー(イングランド)では、女子プレミアリーグの試合数そのものが少なく、また、リーグの質がさほど高くなかったこともあって、1月にブンデスリーガに戻った。ただ、ドイツに戻ってからの日々は不本意で、苦悩でいっぱいだった。

「今、常に怒りがエネルギーみたいな感じです。どの感情もすべてサッカーにぶつけて、いい方向に行けている」

 そう語った大儀見は、目に浮かべた涙をこぼすことはなく、笑いを誘いながら話題を切り上げた。

 日本が優勝した4年前のW杯ドイツ大会の大儀見と大きく違う点があるとすれば、この「明るさと余裕」だろう。4年前、大儀見は2010−2011シーズンにポツダムでリーグ優勝して13得点を挙げ、満を持してドイツでのW杯に出場した。周囲からの期待は大きく、おそらく自負も強すぎた。

 当時、縦に速く攻め、ゴールまでの効率を優先するブンデスリーガのサッカーに慣れた彼女にとって、ポゼッションとパスワーク主体のなでしこのスタイルは、ほとんど不毛に思えた。

「思ったようにパスがこない」。味方への不満を隠すことさえしなかった。まさに仏頂面を下げ、あらゆる場面で孤立しているように見えた。そして、苦しんでいることが全身から伝わってきた。

 大儀見は、W杯ドイツ大会の決勝当日に入籍。永里から大儀見に名字が変わり、代表チームでの登録名も変えた。そのことについて大儀見は、「それくらい過去を消し去りたかったんですよ」と、ある時冗談まじりに話していたことがある。どうにかして前進しようという、意欲の表れだったのかもしれない。

 あれから4年が経過した。大儀見は今、「不満も怒りもエネルギー」と笑い飛ばせる強さを身につけた。今回のW杯カナダ大会では、決めたゴールは4試合を終えてエクアドル戦での1点のみ。だが、ことさらに「自分が得点を」と口にすることはない。オランダ戦後「ミドルなどシュートが枠にいかないこともあるが」と問われた大儀見の答えは、冷静そのものだった。

「今日はウォーミングアップでも左があんまりよくなかったです(笑)。左足で持つシーンが多かったから(シュートの精度もよくなかった)。人工芝なので(感覚が)少しずれるから、無理やりシュートに持っていっているところがある。だから、そこで判断を変えてもうひとつ持ち出すなど、切り替えができるようにしないと、精度は上がっていかないかなと思います」

 得点こそ少ないものの、スイス戦の先制点のように大儀見の好判断は光る。研ぎすまされたエース像を求め過ぎた前回のW杯。そこから4年の時間が経過した今、大儀見は、大黒柱としての存在感が増し、強くて速いまぎれもない「エース」となった。

 準々決勝は、6月27日14時キックオフ(日本時間6月28日朝5時)。オーストラリアと戦うなでしこジャパンの前線には、そこにいるだけでチーム全員が安心できる、進化した大儀見優季がいる。

了戒美子●取材・文 text by Ryokai Yoshiko