東京地方裁判所は11日、ライブドア<4753>が求めた、ニッポン放送<4660>のフジテレビジョン<4676>に対する新株予約権発行を差し止める仮処分の決定を下した。ライブドアによるニッポン放送株大量取得に端を発した今回の「騒動」の経緯をまとめてみた。



亀渕昭信・ニッポン放送社長(撮影:吉川忠行)
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 ニッポン放送は1954年、当時の大手企業180社が100%(1社平均0.56%)出資して設立されたラジオ放送局。フジテレビは57年、ニッポン放送が文化放送・東宝・松竹・大映などとともに立ち上げたテレビ局である。96年にニッポン放送が、97年にフジテレビがそれぞれ株式上場を果たしている。

 ニッポン放送とフジテレビは、産経新聞などとともにフジサンケイグループを形成しているが、1992年7月までは鹿内家がその実権を握っていた。日経連専務理事を歴任した初代・鹿内信隆氏(故人)は、同グループの創設者であり、2代目春雄氏は42歳の若さで急逝。3代目の宏明氏は92年に議長辞任に追い込まれている。



日枝 久・フジテレビジョン会長(撮影:吉川忠行)
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 さて、今回の一連の出来事のそもそもの原因は、フジテレビが民放キー局最大手に成長したことによって、規模の小さいニッポン放送が巨大テレビ局を持つという「資本のねじれ」現象が生じていたことにある。市場は、この「資本のねじれ」現象を見逃さなかった。

 03年ごろから、旧通産官僚の村上世彰氏が率いる投資ファンドはニッポン放送株を買い進め、同年7月には第2位株主に浮上、10月には16.6%を保有する筆頭株主になった。また、鹿内弘明氏らが昨年5月、保有していた同放送株8%の配当などを得られる権利(信託受益権)を大和証券SMBCに売却、05年1月4日には契約に基づき大和Sに同放送株を譲渡した。



堀江貴文・ライブドア社長(撮影:吉川忠行)
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 このためフジも対応を急ぎ、昨年9月に12.4%を有する第2位株主に躍進、05年1月18日には同放送の100%子会社化を目指して「持ち株比率最低50%超、最大100%」を目標に、同放送株の株式公開買い付け(TOB)を開始した。

 一方、ライブドアは「フジサンケイグループとの提携によるインターネットと放送の融合」を掲げて2月8日、立会外取引で同放送株を大量取得し、保有率約35%超と筆頭株主に躍り出た。市場での同放送の株価はTOB価格5950円より跳ね上がり、ライブドアの市場での買い増しが進んで、フジによる50%超の獲得の見通しが危ぶまれた。

 このためフジは2月10日、TOB目標を25%超に下げ、同放送は2月23日、フジを引受先とする新株予約権発行(最大4720万株)を決議。実現すればフジは同放送を子会社化でき、ライブドアの持ち株比率も下がる。さらに翌日には、3月2日のTOB期限を7日に延長して、ライブドアへの対抗措置を強めた。

 ライブドアは2月24日、新株予約権発行を違法として差し止めの仮処分を東京地裁に申請した。また、鹿内宏明氏らは今月1日、売却した同放送株の返還を大和Sに求め、大和SのTOB応諾を差し止めるに仮処分を東京地裁に申請(後に却下)、7日には大和Sの取引は証券取引法違反の可能性があるとして、証券取引等監視委員会と東京証券取引所に調査申請書を提出した。

 3月7日に締め切られたTOBの結果、フジは発行済み株式の36.47%(議決権ベース39.26%)を確保し、株主総会で合併など経営の重要事項に関する特別決議に対し拒否権を取得することにも成功した。しかし、同放送の株主になっている企業の対応は割れた。講談社や電通、東京電力、東芝などがTOBに応じたことが明らかになる一方、東京ガス、トヨタ自動車、京王電鉄などはTOBに応じず、市場売却もせずに当面保有する方針を打ち出していた。

 今回の司法判断が今後の「ニッポン放送株争奪戦」に与える影響は大きいとみられる。【了】

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