データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

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「データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則」(矢野和男著、草思社)

かのアダム・スミスは18世紀に「国富論」で市場メカニズムの「神の見えざる手」を提唱したが、著者は、日々の人間の活動に関する膨大な量のデータを収集、分析し、私たちの日々の活動を制約する「見えざる手」(普遍的な法則)を可視化する研究に取り組んできた。本著はその成果を紹介するものであり、昨今よく取り上げられている「ビッグ・データ」の理解の一助にもなる書である。

本書においては、まず、被験者の腕に「加速度センサー」をつけた実験の結果が紹介される。「加速度」は私たちの行動の活発度を示すものであり、活発に動いているときは大きな加速度が記録され、寝ているような時は加速度は発生しない。複数の被験者の加速度データを秒単位で長期間収集し、その膨大なデータを分析した結果、記録された「加速度」の分布が示す行動パターンが分子レベルの統計力学と同じ分布を示すことを紹介する。これは、端的に言えば、私たちは常に高いレベルで走り続けることはできない、動と静のバランスが本人の気づかないところで設定されていることを意味する。個人の体感で言えば、「あれもやろう」「これもやろう」と意気込む一方で思うように進まないことがあるのはこういうことか、と得心したところである。

専門家の提言をはるかにしのぐマシンの分析

情報処理の能力は日々進化し、進化するだけ多くのデータをインプットできる。データのセットが大きいほど精緻な分析が可能になる。今のマシンでどこまでの分析ができるのか、その一例として、本書ではある小売店舗における実験が紹介される。今度は被験者として「店員」と「顧客」の両方に加速度センサーをつける。このデータを基に、‐売分野の専門家、▲泪轡鵑砲茲襯如璽進析、双方で売上の向上施策を競わせた結果、専門家の提言は売上増加につながらなかった一方、マシンの提言は15%の売上増加をもたらしたというのである。15%増という数字にも驚くが、マシンの提言内容も驚くべきものであった。それは、店舗内の一定のポイント(本書では「好感度スポット」と呼んでいる。)に店員を配置するというものである。

これは、例えばデパートで店員が立つ位置を変えるだけで売上が増えるということであり、担当者にすれば夢のような話であるが、そもそも私たちの購買行動について私たち自身がきちんと説明できるものではない(例えば衝動買いの要因分析をしたところで論理的な説明はできない)。本書を読んで思ったことの一つは、因果関係が論理的に説明できない提言を私たち人間は受け入れることができるのだろうか、ということである。マシンの精度にもよるのだろうが、「見えなかったものが見えるようになる」という点で、いわゆる「ビッグ・データ」の世界はここまで来ているということなのかもしれない。もう一つは、先の店舗の例で言えば、あるセットのデータに対して、私たち人間が「好感度スポット」のような仮説を見いだせるのかということである(普通に考えれば思いつかない)。

問題設定、意思決定、結果責任の3つは人間の領域

本書によれば、これまでの科学の発展の歴史の中で、膨大なデータの中から法則を見出せたのは例えばニュートン、アインシュタインといった一握りの「天才」だけだということである。他方、今後はこうしたデータ分析は、ますます進化を続ける学習型のマシン(本書では将棋の対戦マシンを例に挙げている)に委ねられ、それが科学の発展に新たな道筋をもたらすとしている。また、本書は、人間とマシンとの新しい付き合い方についても言及しており、データを分析して提言を見いだすマシンがどんなに進化したとしても、人間がやらなければいけないことが3つあるとしている(逆にいえば、それ以外の領域はどんどんマシンのほうが優秀になる)。それは、「問題を設定すること」、「前進する意思決定をすること」、「結果に責任をとること」である。まだまだ人間の領域があるとする本書に安堵しつつ、私が職場で世話になっているマシンといえばノートPCとプリンタ程度でしかないが(それでも相当世話にはなっている)、ピーター・ドラッカーが言うところの「知識労働」に従事する者として、今後のマシンとの付き合い方について考えさせられた一冊であった。

銀ベイビー 経済官庁 擬