6月特集 ブラジルW杯から1年 
〜日本代表と世界はどう変わったのか?〜(11)

 日本代表のW杯アジア2次予選の初戦、シンガポールとの試合は0−0。ヴァヒド・ハリルホジッチ監督が指導するトレーニングの成果と、「言われたことを忠実に実行する」という日本人のメンタリティが、悪い方向へ色濃く出てしまったと思う。

 ハリルホジッチ監督が就任後最初に手をつけたのが、「縦に速く」という意識を選手に植えつけることだった。それ以前の日本代表は「パスをつなぐ」ということの優先順位が高くなりがちだったため、ゴールを奪うために「縦に速く」というシンプルな考え方への修正に取り組んできたわけだ。

 さらに、就任から短期間にもかかわらず、規律を非常に重んじることで選手たちへの意識づけを徹底することができた。だからこそ、親善試合では結果を残すことができたし、それは「世界のスタンダードなサッカー」へ近づくための取り組みとして間違ってはいない。

 だが、就任してからの時間が少なかったこともあって、日本人選手特有のメンタリティや、日本サッカーがアジアで置かれている状況に対して、ハリルホジッチ監督の理解がまだ不足している部分もあるように感じた。

 シンガポール戦の日本代表は「縦へ、縦へ」の意識が強く、その結果、攻撃が中央からの一本調子になった。もちろん、攻撃の優先順位として、最初に縦を意識するのは間違いではない。だが、ゴール前に人数をかけて守備ブロックを形成している相手に対しては、サイドを使いながら揺さぶりをかけなくては、そうそう崩せるものではない。

 にもかかわらず、試合中は前線両サイドの本田圭佑、宇佐美貴史も中央に入り、相手DFもゴール前に集結する状況で、サイドから相手の守備ブロックを広げようとする攻撃はほとんど見られなかった。

 試合後、ハリルホジッチ監督は「サイドからの攻撃を指示した」という主旨のコメントを残し、選手も「組織だったブロックで守る相手には、攻撃のバリエーションを持たせることが大事」と自覚していたようだ。だが、長谷部誠のほか、過去にW杯予選でゴール前を固めるアジア勢との戦いを何度も経験した選手がいたにもかかわらず、臨機応変なプレーをすることができなかった。

 これまで数多くの外国人監督と仕事をしてきた私自身の経験から思うに、外国人監督が日本人選手を初めて指導する場合、試合中に指示を出しても選手がそれを表現できないケースが多い。

「縦に速く!」と練習で徹底指導されると、ほとんどの日本人選手はそれを忠実に守る。同時に、言われたことにとらわれすぎて自由奔放さを欠いてしまう傾向が、欧州や南米の選手よりも強い。

 だからこそ、言葉の壁がある外国人指導者はそうした日本人の気質をふまえて、明確な形で選手たちに意図を伝える工夫が必要になる。たとえばシンガポール戦なら、「サイドから攻めろ」という指示だけではなく、3バックに変更して両サイドバックを高い位置に押し出すか、サイドアタッカーを両サイドのライン際ギリギリに配置して、「サイドから揺さぶる」という監督の意図をより明確に伝えるべきだったと思う。

 日本サッカーには、「W杯本大会の格上との戦い」と、格下や互角のチームと対戦する「W杯予選のアジアの戦い」という「ふたつの基準」に対応しなければならない「ダブルスタンダード」問題がある。

 そして、シンガポール戦は「アジアの戦い」の典型だった。その意味では、ハリルホジッチ監督はこの試合から、日本人のメンタリティとともに、「アジア勢相手特有の戦い方」が必要なことを学んだのではないだろうか。

 互いに攻め合う試合展開ならば、前線にスペースも生まれ、縦へのスピードを速めて攻撃を仕掛けて相手を崩せるが、ゴール前の守りを固めてくるだけのアジア勢の場合には、速攻をするためのスペースはない。そうした相手をどう崩してゴールを奪うのか。

 たとえば、ザッケローニ元監督はW杯アジア予選の初戦で北朝鮮に試合終了間際まで0−0のまま粘られたとき、アジア勢相手では抜群の高さが武器になるFWハーフナー・マイク(194cm)を起用した。そして、試合終了間際のCKで、相手DFがハーフナーを警戒したためマークが甘くなっていたDF吉田麻也(189cm)がヘディングシュートを決めて勝利した。

 しかし、今回のシンガポール戦メンバーには、高さを武器にするFWはいなかった。これはハリルホジッチ監督が縦に速いサッカーを標榜(ひょうぼう)していることに起因していると思うが、アジアでの戦いでは「高さ」が大きな武器になるのだから、豊田陽平のように高さが武器になるFWを、アジア対策として招集してもらいたい。W杯予選では、今後もシンガポール戦のような試合内容になることが十分ありうるからだ。

 次戦は9月3日に埼玉スタジアムでカンボジア戦、その後はアウェーでのアフガニスタン戦(9月8日)、シリア戦(10月8日)が控える。今後もゴール前を固められ、得点を奪えない展開になる可能性は高いだろう。

 ただ、W杯ロシア大会を見据えたチームづくりの方向性は間違ってはいない。今後は、限られた代表活動時間のなかで、ハリルホジッチ監督が日本人特有のメンタリティを理解し、コミュニケーションをさらに深めていってもらいたいと思う。

 知識と経験が豊富なハリルホジッチ監督が、日本人選手への理解を深めながら、どういった手腕を見せてくれるのか興味深く見守りたい。

津金一郎●構成 text by Tsugane Ichiro