『傘をもたない蟻たちは』(KADOKAWA/角川書店)

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 ピース又吉直樹の『火花』(文藝春秋)が芥川賞候補となり、大きな話題となっているが、もう1冊ある芸能人の小説が密かに話題になっているのをご存知だろうか。

 自身4冊目の単行本となる短編集『傘をもたない蟻たちは』(KADOKAWA/角川書店)を6月1日発売したNEWSの加藤シゲアキ。現役ジャニーズアイドルと小説家の2足のわらじを履きながら、年に1冊というペースで新刊を出しており、嵐・櫻井翔と対談した『NEWS ZERO』(日本テレビ系)では、ゴーストライターの存在を疑われると自虐的に話していた。番組では「ゴーストライターがいる、というのは褒め言葉」と笑っていた加藤だが、『傘をもたない蟻たちは』はジャニーズらしかぬ過激な性描写がファンの間でも話題になっている。

 加藤自身、「オリ☆スタ」(オリコン・エンタテインメント)2015年6月8日号では、今作の性描写に触れ、「編集の方に確認したら、『事務所に確認します』と言われました(笑)。事務所的には『今さら何!?』っていう反応だったので、作家として認めてくれたのかな」と制作秘話を明かしていた。

 事務所確認を要するほどの過激描写とはどれほどのものなのか――。早速『傘をもたない蟻たちは』を読んでみた。

 例えば、「染色」という作品。主人公の市村は課題をそつなくこなす能力もあり、恋人もいる、「リア充」な美大生。そこそこの未来が見える安定した生活を送るなかで、自分の体をスプレー缶で染めるという変わった癖を持つ、美優という女性に出会い、瞬く間に恋に落ちる。しかし激しくも短い恋は、彼女がロンドンに留学することであっけなく終わってしまう。そして、ひとり日本に残された彼は、主のいなくなった美優の部屋に忍び込み、彼女の体温や肌を愛おしむように思い出していくのだ。

「スーツのパンツを下ろし、下着を脱ぐ。がらんどうの室内に美優との生活を頭の中でトレースしながら自分を握りしめていると、身体の奥の腐り切った膿みがわき上がる」

「瞼を閉じて欲情のままに腕を振り続けた。いつまでも擦り続けた。なのに極みには至らなかった。快感を覚えているつもりなのに決して絶頂には届かない」

 いわば元カノの部屋でオナニーするもイケなかった......という情けない男の描写だ。人生経験豊富な読者諸氏には、いまいち物足りない性描写かもしれないが、本来は女性にとっての「王子様」である現役ジャニーズアイドルが、男のオナニーを描いたという事実は大きい。

 また加藤はこの短編集で、さらに衝撃的な性描写にもチャレンジしている。それは、海辺の街に住む男子中学生・純を主人公にした「にべもなく、よるべもなく」という物語での記述だ。純の幼なじみであるケイスケが同性愛者であることをカミングアウトする、というストーリー展開も意欲的だが、問題の箇所は、ケイスケが同性愛者だということを受け入れられない純が、自分自身のふがいなさを彼女である赤津にぶつけるかのように、突然彼女の処女を奪うシーンだ。

「薄いピンクの乳頭に口をつけると、赤津から声にならない声が漏れる」
「彼女のいやらしい毛先が僕の手のひらを撫でる。指をぐいっと押し込むと、粘った液体が僕の人差し指にまとわりつく」

と愛撫シーンは情感たっぷりにつづり、

「赤津のあそこはきつくて、僕のものがちぎれてしまいそうだった」
「交わる唾液と下半身から鳴るくちゃくちゃとした音が、どんどん僕を僕ではないものにさせた」

と快感がのぼりつめていくさまもリアル。

「すぐに絶頂がやってきて、僕は彼女の腹部に勢いよく射精した」

と幼さと激しさを併せ持つ純の性を描き切った。

 純は逃げ出すかのように赤津の部屋を後にするが、右手が赤津の血で染まっていることに気づく。そしてここからの描写にこそ、アイドルの立場を捨てた、作家・加藤シゲアキの"勝負"が見て取れる。

「赤津の血はまだ僕の手にこびりついていた。ぱくりと指を咥えてみる。鉄の味が広がり、ざらざらとした感触が喉を通っていった」

 処女の血を舐めるエグイ描写だが、頭でっかちにしか「性」を考えられずにケイスケとの関係を失った純が、肉体を通して「性」を受け入れたことを表す渾身の一文となっている。加藤のファンは10代・20代の女性が多い。ただでさえ異性の性的な言動に嫌悪感を持つことの多い年代だが、加藤がそこを気にもせず、半ば強引に女性を襲って「性」を体得する男の物語を紡ぐことは、かなり攻めた姿勢だと言えるだろう。

 アイドル雑誌「Myojo」(集英社)15年7月号のインタビューでは、編集者ら周囲の人の指示ばかりを聞いていると、丸くなって普通のものしか作れなくなってしまう、と作家としてのスタンスを危惧していた加藤。前述の『NEWS ZERO』での対談では、「芸能人だから書き下ろしで本を出せているだけで、普通は新人賞を獲って小説家になるんですよね。その段取りを踏んでないので、賞が欲しいという意味ではなく、賞が取れるくらいの作家にならないと自分はまだ半人前」と、立場を理解した上で慎重に言葉を選びながら賞への野心をのぞかせていた。今作のアイドルらしからぬ過激描写も、作家としての野心の証かもしれない。
(江崎理生)