新世紀の音楽たちへ 第5回「ゲーム音楽がつなぐ同人音楽と民族音楽」

写真拡大

さて今回は「民族音楽と同人音楽」の続編。ゲーム音楽について触れていきます。待ってました! という声も聞こえそうだし、なんじゃそりゃ、の声も聞こえそうな気がします。みなさまはどちらでしょうか。というかいままでですます体でしたでしょうか。ごきげんようお姉さま。

【新世紀の音楽たちへ 第5回「ゲーム音楽がつなぐ同人音楽と民族音楽」の画像・動画をすべて見る】

さて、同人音楽サークルの中には「民族音楽系」を名乗りつつ、ゲーム音楽からも影響を受けたことを公言しているサークルさんも少なくありません。

「ゲーム音楽」と「民族音楽」と「同人音楽」。ここにはいろいろなつながりがありそうです。今回はそこらへんを少しだけ掘り返してみようかなと思っております。

連載「新世紀の音楽たちへ」/ 安倉儀たたた


第0回──同人音楽とその環境、即売会について
第1回──なぜ、いま同人音楽なんだろう?
第2回──DTMと電子音楽が同人にもたらしたもの
第3回──アレンジの現在、群体としての同人音楽
第4回──同人音楽の中の民族音楽

「ゲーム音楽とはなにか」というテーマは以前から多くの議論が様々な人たちによって繰り広げられています。でも今回は全部省略。主にゲームのバックグラウンドミュージック(BGM) を主な対象にしたいと思います。SEとかセリフとか、それらにまつわるディスコグラフィーについてはまた別の機会にお話することもあるでしょう。

ゲーム音楽を巡る、制約の歴史


同人音楽とゲーム音楽の話に入る前に、少しゲーム音楽について整理しておきましょう。

「ゲーム音楽」と一口でいっても、その実体はこの30年間でハードウエアの進展とともに急激に変化してしまいました。そもそも「ゲーム音楽・ゲームサウンド」という言葉自体も誰が言いはじめたのかははっきりとわかっていません。また、誤解されがちですが「ゲーム音楽」もコンピューターゲームの登場と同時に生まれたわけではないのです。もともとコンピューターゲームに音楽はなかったのです。

コンピューターゲームの「音楽」に注目が集まるのは世界的にみて時差があるようです。

日本ではすぎやまこういちさんによる『ドラゴンクエスト』のクラシカルで印象深いメロディを思い描く人も多いでしょうが、その一方で、初期にはメロディがない「ゲーム音楽」も多かったのです。

80年代のコンピューターにとって「音を鳴らす」という挙動は大変負担が大きい処理でした。敵の数や玉の表示が多くて処理落ちがしばしば発生するシューティングゲームでは、音色は限界まで減らし、画面表示に可能な限りメモリ領域をあてるといった開発者たちによるギリギリの戦いが日々繰り広げられており、そのため、極少ないリズムをひたすらループする、ゲーム音楽独特の楽曲編成が生み出されました。とくにアーケードゲームではこうしたループサウンドが盛んに使われました。

ゼビウス(XEVIOUS)




1983年発売のファミリーコンピューター(通称ファミコン)では、同時に4音以上を鳴らすことができなかった上、使える色数も相当限られていたため、グラフィックも(今見ると)ショボいものでした。三和音とノイズが出せる性能は当時としては出色の出来でしたが、画面の色数やグラフィックなどとも干渉するため、グラフィックが豪華だったりするとその分「音楽」の音色を減らされてしまうのです。また「メロディ」は多数の効果音が鳴っている時には消えてしまいます。そんな風に、ゲーム音楽の制約は非常に強かったといえます。

かつて「テレビゲーム」の擬音が「ピコピコ」だったことは、ファミコンでは音色が限定され、生音のような臨場感あふれる音色を奏でることができなかったことをもっとも端的に表していたと思います。いまそれがピコピコサウンドだとか8bitサウンドとか、あるいはチップチューンといって見直されていることはとても嬉しいことです。

頭の片隅にでも置いておいていただきたいのは、このような「ゲーム音楽」という統一的な枠組みは最初からなかった、ということです。ファミコン時代から「ループを中心とするテクノ風の音楽」と「メロディアスな音楽」の両方が存在していて、これらの音楽は様々な形で聞かれていました。「ゲーム音楽に影響を受けた」といっても、どんなゲームを遊んだかの経験が違えば、その意味は大きく異なります。しばしばゲーム音楽の定義をめぐって交わされる論争は、単純に遊んでいたゲームの違い(聴取体験の偏り) に端を発しているように思われることもあります。

スーパーファミコン

1990年11月21日に発売されたスーパーファミコン



スーパーファミコン(SFC)世代のゲーム機が登場するとPCM音源という新技術が採用され、使用できる音色が爆発的に増えました。音数も同時8音で倍増です。こうしてファミコンではできなかった様々な音楽表現、特に効果音の使い方が可能になりました。まだ十分な形で「生歌」を歌わせることはできませんでしたが、ごく短い時間であればサンプリングも可能でしたし、擬似的に「声」のような音を出すことができるようになっていました。

その次の世代、プレイステーション(PS)、セガサターン、ニンテンドー64などの登場で、音楽面における制約は一気に解消されます。ムービーシーンにあわせて挿入歌を流したり、映画のようにエンドロールに合わせて音楽を聞くこともできるようになりました。PS2世代になればハードウエア上の制約はほとんど無くなりました。

そうした中で「ゲームの展開に合わせて曲調が変化する」といった新しい試みも可能になり、現在では一般的に広く採用されています。今ちょうど遊んでたのですが、PS4等の『DESTENY』というゲームでは敵を倒しきるまではメロディが流れ続け、倒しきると終結部に移行していきます。オケ編成のメロディアスな楽曲が、自然に終結部へと導かれていく様はなかなか聴き応えがあります。

アルトネリコ3〜世界終焉の引鉄は少女の詩が弾く

「アルトネリコ3〜世界終焉の引鉄は少女の詩が弾く」公式サイトよりキャプチャ



こうしたゲーム音楽の到達点の一つにPS2、続編はPS3で発売された『アルトネリコ』シリーズという作品があります。シリーズを通して、音楽そのものが重要な要素として扱われるのですが、第三作目にあたる『アルトネリコ3〜世界終焉の引鉄は少女の詩が弾く』では、戦闘の楽曲を生成するシステム(R.A.H.システム)が登場しています。

プレイヤーが集めた膨大な音素材を自由に組み合わせることで、戦闘時の音楽を自動でつくってくれるというこのシステム。楽曲素材をリアルタイムで組み合わせて音楽を生成するなんてことは、ファミコン時代ではカエルがロケットを飛ばすぐらい不可能なことでした。

ゲームミュージックが民族音楽に出会うまで


こうしたゲーム音楽とゲームハードの歴史で「民族音楽」的なものが注目されてきたのはいつなのでしょうか? また、それがどのような形で同人音楽に影響を与えたのでしょうか。

ゲーム音楽に関する本はいくつかありますが、岩崎祐之助『ゲーム音楽史 スーパーマリオとドラクエを始点とするゲーム・ミュージックの歴史』(リットーミュージック、2014)では、PS『ゼノギアス』などの作曲家として有名な光田康典さんを、民族楽器を積極的に取り入れた作曲家としてとりあげています。

Xenogears - Shevat the Wind is Calling




ただし、「民族音楽」をより広く和楽器まで含めてとらえるのであれば、もっと以前から利用されていたといえます。先の本でも和楽器について民族音楽とは違った形で触れられています。

現在ではだいぶ数が減ったような気がしますが、80年代には忍者や侍をモチーフとした、時代劇風のゲーム作品がたくさんつくられていました。そのBGMでは、メロディや和音をアレンジして和楽器の音色を擬似的に作り出そうという試みが広くなされていました。

ファミコン世代では、それこそピコピコサウンドであっても、三味線や太鼓に聞こえなくもない音色を苦心して出していましたし、邦楽的なメロディや進行を組み合わせて、割と成功していた作品もあったように思います。

がんばれゴエモン からくり道中




スーパーファミコン(SFC)世代になると内蔵音源が充実してきて豊かな音楽世界が開けてきます。コナミから出ていた『がんばれゴエモン』シリーズではSFC以降尺八や三味線などを使って時代劇っぽい、しかしアクションゲームらしい「アガる」雰囲気あふれる楽曲が多く、いま聞いてもなかなかの名曲そろいです。

作品全体ではなく、ある一曲が、というのであれば菊田裕樹さんによる『聖剣伝説供戮盂阿擦泙擦鵝「呪術師」という曲では金属系打楽器とケチャ風の声を使用して東南アジア的な雰囲気を見事に表現しています。子供心におどろおどろしく、魔術的で強敵感溢れる音色にびくびくしたものです。

呪術師 The Oracle




もうちょっとだけ続けます。

ある天才的な作曲家の登場によってゲーム音楽の世界に民族楽器のサウンドが革命的に取り入れられた、という見取り図は間違ったものではないと思いますが、「世界を旅する」ことが一つの目的となるRPGが市場を席巻した日本のテレビゲームシーンにおいて、「諸民族の音楽」としての「民族音楽」が導入されるのは2つの理由によって必然的な流れだったように思われます。

ひとつは前回の記事に述べたとおり、ファミコン登場時には世界的に「ワールドミュージック」の流れがあったことです。前回の連載のあとに「ZABADAKがある時期から積極的にケルティックサウンドを取り入れたことがサブカルチャーと民族音楽をつないだ」という指摘をある方からいただきましたが、そうした流れがゲーム音楽、ひいては同人音楽に流れ込んでいることは十分あり得ることだろうと思います。

他にも『ファイナルファンタジー4』では公式にケルトアレンジのCDが出されていました。ファイナルファンタジーシリーズの楽曲を手がけてきた作曲家・植松伸夫さんはケルト音楽好きでも知られていて、『ファイナルファンタジー5』の頃から民族音楽的な要素を多数取り入れています。

『クロノ・クロス』のような民族楽器をポップにかっこよく扱う楽曲編成はしばしばJ-RPG系と言われていたりして、RPGを中心とするゲーム音楽、それから同人音楽にも大きな影響を与えています。また、雑誌『PLANETS』副編集長の中川大地さんは、ワールドミュージック的なサウンドと、ハイファンタジー的な想像力を基盤に穏やかで神秘的な楽曲を作るアーティストたちを、その音楽スタイルから「幻想浮遊系」*1と名づけています。これも、こうした流れと関連する音楽スタイルだといえるかもしれません。

*1 評論「『幻想浮遊系』ポップの時代」全長版
http://d.hatena.ne.jp/qyl01021/20061221

この評論では、遊佐未森さん、ZABADAK、上野洋子さん、新居昭乃さん、坂本真綾さんらの音楽スタイルを、メジャーシーンのマイナージャンルとして存在しつづけていた「幻想浮遊系」として定義してその歴史を追っています。90年代末以降、とくに新居昭乃さん(デビューは86年)や声優の坂本真綾さんなどが深夜枠のアニメ等で活躍していたり、ゲーム中のテーマソングとして採用されていたことで、00年代以降の同人音楽には見慣れた一つのスタイルとして取り入れられていったように思われます。彼女たちの歌声に憧れもって接するクリエイターたちも多く、商業音楽シーンとは違いますが、幻想浮遊系の歴史に同人音楽のある部分は密接に関連しています。


ゲーム世界を表現するための音楽


もう一つ重要なことがあります。それは「世界を表現する手段」として、民族楽器・民族音楽の導入が極めて有効な方法だったからではないか、ということです。

それはファミコン以降のゲームが本質的に「場面転換」を必要とするものだったことと関係しています。初代『スーパーマリオブラザーズ』ではゲームスタート時点では昼間の能天気な音楽が流れますが、土管に入ると暗くおどろおどろしい楽曲に変わります。音楽が「空間」の変化を表しているわけです。この演出をもっと推し進めたジャンルが日本で爆発的に広がるRPGというジャンルでした。

Google画像検索より 多くのRPGで砂漠のマップが登場している

Google画像検索のスクリーンショット 多くのRPGで砂漠のマップが登場している



初期ファミコンのRPGでは(今でも、かな)多く緑色で塗られた「平原」と「森」「洞窟」「町」などと同質の地域として「砂漠」がよく使われます。国内最初期のRPGであった『ドラゴンクエスト』でも、砂漠は他の地域よりも強敵が多くエンカウント率が高い危険な地域として登場し、以降のありとあらゆるゲームにおいて「砂漠」はRPGになくてはならない危険な地域として登場していきます(ドラゴンクエストですと、平地の2〜3倍ぐらいの敵と遭遇しやすいんだそうです)。RPGというゲームジャンルにおいて、時間変化の概念を完全にとりいれられるようになるにはハードの進化に伴う長い時間が必要になるのですが、RPGの「地域」という概念は早い段階で取り入れられているのです。

日本では砂だけで構成された地域といえば、鳥取砂丘ぐらいしか思いつきません。元はTRPGの伝統もあるのでしょうが、恐らく(リアルでの)観光地や職場や行ってみたい場所としても積極的に選ばれることの少ない「砂漠」が『ファイナルファンタジー』から『ドラゴンクエスト』、『ポケットモンスター』に「テイルズ」シリーズまで、日本のRPGに必須の環境として導入されているのは、考えてみれば不思議なことです。

PS2以降ぐらいから、こうした「砂漠」のステージやフィールドにおいて、中東地域で広く宗教性・地域性をもった民族音楽としてのスーフィー音楽風のサウンドがよく聞かれるような印象があります。スーフィー音楽は60年代から70年代にかけてのワールドミュージックで世界を席巻しましたが、1990年代から2000年代の日本で、こんなに聞かれるとは思われなかったジャンルの一つでしょう。それは砂漠=アラビアっぽい曲=スーフィー音楽というような、単純な連想が働いているんだろうと思いますが、普段生活している中ではなかなか出会えない音楽と出会える装置としてゲーム音楽がある、ということができますし、スーフィー音楽はその典型かもしれません。

スーフィー音楽の演奏




同人音楽からずいぶん離れてきてしまいましたが、ここまできて、前回の記事も読んでくれた方ならもう「同人音楽」と「民族音楽」の近さに気づいてくれたのじゃないかなと思います。両者をつなぐキーワードは「世界」です。

前の連載で紹介した『アルティナ・トスの召喚壁に捧ぐ』の作者の一人であるRaiさんがこんな風に民族音楽をつくるんだ、ということをつぶやいていらっしゃいました。
 



こうした想像力のめぐらし方は小説家や漫画家にも通じる、ストーリーテラーの発想にも近いように思います。
 
ゲーム音楽と同人音楽との類似は、その音楽性だけではなかったのでしょう。民族音楽を中心に、独特の世界観をつくり出すクリエイターたちは、架空の世界を発想しそのいろいろな地域に思いを馳せ、旅をし、そこに生きる人々を音楽と共に描くということに魅力を感じているように感じられます。そして、音楽と共に、そこにある架空の世界を楽しみたいというユーザーが同人音楽にハマることが多いように思います。

こうした架空の世界と、それを表現する音楽との結びつきは、現在隆盛を誇っている多くのゴシック・ロマンス系のサークルさんたちや、物語音楽の旗手であるSound Horizonさん、あるいは先ほどあげたゲーム「アルトネリコ」の作曲家である志方あきこさんたちの音楽が人気のジャンルとして受け入れられる土壌になっているように思えます。

同人音楽、民族音楽が可能にするもの


音楽が、世界観やいろいろなチャンネルとの通信があることによって、民族音楽が「めちゃくそかっこいい」ものとして捉えられていることはかけがえのない事なのです。

小学校で民族楽器を授業に取り入れたところ、親御さんから「もっとまともな音楽をやってほしい」というリクエストが来たという話を読んだことがあります。リコーダーやピアノ、あるいは吹奏楽が醸し出す音楽の雰囲気に比較して、民族楽器/民族音楽は文化的に一段低いものとみなされる風潮はまだ根強くあるようです。でもそんなものはただの偏見です。

けれども、民族音楽によって表現された世界観が魅力的であればあるほど、あるいは民族音楽が魅力的であればあるほど、そうした偏見を吹き飛ばすことができるのではないでしょうか。民族音楽がひとつのカテゴリとして成立している同人音楽のシーンはこうした偏見に対する戦場の最前線であるともいえるでしょう。
 
まだまだ話題も尽きませんが、とりあえずはこのような「世界を表す音楽としての民族音楽」の魅力が伝われば本望です。

しかし、ゲーム音楽には他にもいろいろなカルチャーの影響があり、90年代にはクラブサウンドとの近さが指摘されていたりします(戸塚義一監修『ゲーム音楽』エクシードプレス、1999)。もちろん、「音ゲー」から影響を受けたクリエイターたちもたくさんいて、ファミコン音楽の短い「ループ」の部分に惹かれた人たちは民族音楽的なものとは違った音楽をゲーム音楽に、あるいは「RPGの戦闘曲」のようにその折衷的なサウンドを模索している人たちもいます。

いままで僕は自分が比較的得意とするジャンルばかりに偏ってお話をしてきましたが、同人音楽にはもっとたくさんの、そしてまだ出会わぬ様々な音楽ジャンルの人たちも参加しています。そうした系譜のお話もどこかの機会でしてみたいものですね。
 
さて、次回は、同人音楽を含むもっと大きく「音楽」の問題について、東京芸術大学大学院の日高良祐さんにバトンタッチしてうかがいます。何が飛び出るか、お楽しみに!

連載「新世紀の音楽たちへ」/ 安倉儀たたた


第0回──同人音楽とその環境、即売会について
第1回──なぜ、いま同人音楽なんだろう?
第2回──DTMと電子音楽が同人にもたらしたもの
第3回──アレンジの現在、群体としての同人音楽
第4回──同人音楽の中の民族音楽