6月特集 ブラジルW杯から1年 
〜日本代表と世界はどう変わったのか?〜(8)

 2018年ロシアW杯の出場権をかけたアジア2次予選。その初戦は、シンガポール戦(6月16日/0−0)だった。

 スタメンがピッチで肩を組み、国歌を歌い、気持ちをたかぶらせる。日本代表としてW杯予選を戦う――宇佐美貴史は、この瞬間をどれだけ待ち望んでいたことだろう。

 一年前、宇佐美はブラジルW杯を、テレビ画面を通して見ていた。ブラジルW杯メンバーに入るべく、年明けから入念に準備を重ねてきたが、2月に骨折し、その夢が絶たれたのだ。

 だが、宇佐美はただでは転ばなかった。地道に肉体改造を施し、強い体を手に入れて5月に復帰。その後は、リーグ戦で10ゴールを挙げるなどして、ガンバ大阪の三冠(Jリーグ、ナビスコカップ、天皇杯)達成に貢献、Jリーグ・ベストイレブンにも輝いた。

 宇佐美にとっては、充実したシーズンとなったが、唯一欠けていたのは、日本代表への復帰だった。そのためには、オフ・ザ・ボールの動きや前線からの守備といった課題克服が不可欠だった。宇佐美自身、それは自覚していたものの、自分の課題と向き合うまでにはなかなか至らなかった。が、転機は今年3月に訪れた。

 日本代表の指揮官にハリルホジッチ監督が就任すると、宇佐美は久しぶりに代表に招集された。親善試合のウズベキスタン戦(3月31日/5−1)ではゴールも決めて、結果を出した。以来、ハリルホジッチ監督からは体脂肪率の高さを指摘されたり、リーグ戦でさらなる結果を求められたりして、目をかけてもらうようになった。そもそも、宇佐美は監督から信頼されると、それを意気に感じてがんばるタイプである。

 そこから、宇佐美が覚醒した。

 宇佐美の"変化"をすぐに感じ取ったのは、ガンバのチームメイトであるMF今野泰幸だった。Jリーグのある試合中、今野は宇佐美からこんな要求を受けた。

「(ボールを)裏に出して」

 宇佐美のその言葉に、今野は驚きを隠せなかった。思わず、「えっ? 裏?」と聞き返したという。そのときのことを振り返りながら、今野は宇佐美の成長ぶりを次のように語った。

「貴史が裏を狙うイメージはなかったけど、『(相手の裏に)アバウトでもいいから(ボールを)蹴って』と貴史が言ってきた。その言葉を聞いたとき、『すげぇなぁ〜、貴史は変わろうとしているんだなぁ』って思ったんです。実際、ハリルホジッチ監督に(代表に)呼ばれてチームに帰ってきてから、(宇佐美の)プレイはすごく変わりましたね。昨年は、どちらかというと、攻撃面に体力を残しておきたいような感じだったけれども、今はどんな状況でもチームのために走っている。相手のボールを奪取するために、スライディングとかもするようになった。このまま貴史が本気で守備をやって、(相手の)パスコースを限定したり、ボールを奪ってくれたりして、そのうえで今までのような攻撃力を発揮していくことができれば、100%、代表のエースになれると思う。海外でも成功すると思います」

 今野が語るとおり、最近の宇佐美のプレイには大きな変化が見られる。以前は相手選手が自分の横を抜けて上がっていっても、ただ見ていることが多かった。それが今は、相手選手を追いかけていくようになった。また、攻撃では相手の裏を狙うのはもちろんのこと、裏に行くと見せかけて戻ったり、他のスペースを突いたりして、ボールを受けるために、さまざまな変化をつける動きが目立つようになった。

 そうした変化は、彼の高い向上心による部分が大きいが、それ以上に日本代表でプレイしたい、という意欲が急激に高まったからである。

 宇佐美が語る。

「3月に(代表に)呼ばれて、やっぱり代表はいいなって思いました。そこに続けて呼ばれるためには、(チームでも)もっと質の高いプレイをして、結果を出していくことが大事。そのためには、いい意味で気が休まることがありません。"集中"という糸を張り詰めた精神状態でやっていく必要があるな、と思っています」

 そして今回、W杯予選を戦うメンバーに招集された際には、代表で生き残っていくために、宇佐美はある行動に出た。相手の裏を狙うプレイに長(た)けた、FW岡崎慎司にいろいろな質問をしたという。

「(岡崎には)どういう意識でプレイしているのか、プレイ中、どんなところを見ているのか、そんなことを聞きました。あと、(味方から)ボールが出てこなくても、常に(相手の裏を狙って)走っているじゃないですか。それだけの根気強さを持っていると思ったんで、それを確認したかった、というのもありますね」

 さらに宇佐美は、代表に生き残るだけでなく、スターターとしてのポジションを確立するために、インパクトを残すことを重視した。

「(代表で重要なのは)短い時間でも試合に出て、いかにインパクトを残すか。スタートからにせよ、途中出場にせよ、試合に出たとき、自分がチームや相手に対して、どれだけインパクトを与えられるかが大事。それを発揮し続けることができれば、代表の中で必要不可欠な存在になれると思っています」

 宇佐美は、それを有言実行した。予選前に行なわれた親善試合のイラク戦(6月11日/4−0)で、攻撃のアクセントとなって、岡崎のゴールをアシストするなど、大きなインパクトを残した。それが、W杯予選のシンガポール戦でのスタメン出場につながった。

 ただ、W杯予選は甘くはなかった。宇佐美は前半、わずかシュート1本に終わった。後半も、4本のシュートを放ったが、いずれもゴールの枠をとらえることはできなかった。

「(ゴールの)枠にシュートを持っていけなかった。点を取るためには、相手の守備をこじ開けるプレイとかも、もっと必要だったと思う。あと、個人で相手の守りをはがしていったけど、はがしたあとどうするのかっていうところで、(周囲と)うまく噛み合わなかった。どういう形であれ、1点入ればバンバン点が入ったと思うけど、結局入らなかったんで、ズルズルといってしまった」

 宇佐美にとって、W杯予選の初陣はほろ苦いものとなった。勝ち点3を奪わなければいけない相手にスコアレスドロー。宇佐美自身、ゴールを奪えず、インパクトを与えるようなプレイも見られなかった。

「これが、W杯予選なんだな、というのは少なからず感じました。間違いなく勝てる相手、大差をつけて勝たなければいけない相手にも、0−0で終わってしまう難しさを感じました。今後も、アジアの各国はこういう戦い方をしてくると思うんで、今回のことをいい教訓にして、同じミスを犯さないようにしなければいけない」

 意外にも宇佐美から落胆した様子は感じられなかった。予選はまだ始まったばかり。しかも、負けたわけではない。そうした強気の姿勢は、宇佐美らしかった。

「チームとしては次、こういう試合にならないようにしていきたい。選手個々も、高い意識を持ってやっていけば、短期間で成長できると思う。自分はまだ、代表でレギュラーという意識はない。決めるときに決める、チャンスも作れる、そうやって結果を出していって、"エース"という存在になっていきたいです」

 初めて挑んだW杯予選。結果は最悪だったが、宇佐美はこの一年で、本田圭佑や香川真司ら代表の主力選手が称えるほどの成長を見せた。ブラジルW杯をテレビで見ていた1年前とは、隔世の感がある。それは、彼のプレイだけでなく、宇佐美の存在そのものが、ロシアW杯を目指す日本代表に欠かせない選手になりつつある、ということでもある。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun