「大空襲展」で今も友の姿を探す山口三郎さん(撮影:佐藤学)
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東京・六本木のテレビ朝日で3月5日から開催されていた「東京大空襲展」(主催・東京大空襲六十年の会)が、10日に閉幕した。開催期間中、1万人を超える人が訪れた。

 60年前に東京大空襲があった今日10日、会場にはさまざまな年代の人が訪れ、展示物を前にして思い出話に花を咲かせる年配者の傍らで、若い人たちが耳をそば立てる姿が目についた。

 杖をつき、静かに展示物に見入っていた足立区に住む山口三郎さん(85)。満州で東京大空襲のことを知ったが、以来東京に住んでいた親友と音信不通になってしまったという。犠牲者584名の写真や資料が展示されていると聞いて訪れた。「もしかしたら、友達の消息がわかるかもしれないと思ってやってきました」と今も友の姿を追い求める。

 川越から訪れた中山義一さん(74)は、当時中学2年生で、祖父母と3人で本所区(現墨田区)緑町に暮らしていた。空襲がはじまりすぐ、緑国民学校に避難すると、すでに700名ほどの被災者でいっぱいだったと振り返る。地下室に溜まった水を運び出すために全員が整列し、バケツの手渡し体制を整えて迫ってくる火の勢いにおびえていた。

 同じ緑町に住んでいたという塚本良子さん(76)は、B29爆撃機の翼が手の届くほどの近さで見えたと話す。すさまじい熱風が道路を吹き抜け、眉毛が焼け落ちたという。やけどを負った人たちの「痛い、痛い」という声が耳から離れないと語る。

 「東京大空襲六十年の会」事務局長の星野ひろしさんは、「1945年3月10日から5月25日にかけて、東京は4回の大空襲を受け、焼け野原と化した。東京大空襲が1日だけではなかったことを知ってもらいたい」と語った。【了】