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実際の戦場で戦況を覆した作戦の真相に迫る番組『戦争秘話』が、19日19時からドキュメンタリーチャンネル「ディスカバリーチャンネル」で放送される。

死と隣り合わせの状況で命をかけて戦う兵士たちの目の前では、時に予想外の結果を招くことがある。ブラッド・ピット主演の映画『フューリー』では、ドイツ軍の精鋭部隊300人をわずか5人で迎え撃つという激戦が描かれたが、今回の番組では兵士や武器などが数的不利な状況でも、作戦次第で一変した戦争秘話にスポットを当てる。

19日に放送される初回は「バルジの戦いと米軍工兵部隊」。1944年12月、第二次世界大戦の西部戦線ではドイツ軍が劣勢に立たされていて、そこでアドルフ・ヒトラーは60万人の兵士とSS装甲師団を動員し最後の大反撃に打って出る。目的はアメリカ軍を主体とする連合国軍の補給線の要・アントワープの奪還。しかし、戦いは予想外の展開に。約90両の戦車を備える強力なドイツ軍先鋒部隊に対し、その進軍を遅らせたのは戦闘経験などないに等しいアメリカ工兵部隊だった。

軍には最前線で戦う兵士たちのほかに、戦闘支援に携わる兵士たちもいた。中でも異彩を放っていたのが工兵隊だ。通常十数人ほどで構成され、道路や橋など戦場で必要とされる構造物の建設を担い、銃を扱うこともできるが戦闘よりも建設の訓練の方に時間が割かれている。アメリカ軍のデビッド・パーグリン大佐が指揮するのが第291戦闘工兵大隊。隊員200人にも満たない部隊だが、爆発物の扱いに慣れていたことから"バスターズ"と呼ばれ、さまざまな部隊と行動を共にした。

1944年9月、連合国軍は数カ月かけて西部戦線を東へと押し返してきたが、補給線が伸びきってしまったことが原因で兵士たちは疲弊していく一方だった。補給の遅れは12月に入っても改善されず、戦場は冬の濃い霧に覆われていく。悪天候で空からの偵察は不可能。これをヒトラーは好機と捉え、連合国軍に気づかれないように前線の手前におよそ25万人の兵士と膨大な数の戦車を配置した。ドイツ軍先鋒部隊の指揮官は、親衛隊中佐のヨアヒム・パイパーだった。

ヒトラーの思惑通り、ドイツ軍は一瞬で連合国軍を圧倒。アメリカは後退を余儀なくされる。ドイツ軍がアントワープを目指して進撃を続ける中、第291戦闘工兵大隊はその途上にあるベルギーの町・マルメディを死守するよう指示される。装備は、各自が所持していた自動小銃、各中隊にあった機関銃3丁、5〜6門のバズーカ。この不利な状況下で、パーグリンは地理的条件を武器にドイツ軍を迎え撃つ決意をする。

アントワープに続く一帯は大小さまざまな河川が流れ、途中で燃料集積所を襲撃しながら前進しなければならないパイパー戦闘団にとって、川を渡るための橋は重要な意味を持っていた。そこが彼らの弱点と踏んだパーグリンは、無謀とも思える計画に着手する。パイパー戦闘団が進むルートを予測し、隊員たちを複数の分隊に分けて配置。パイパー戦闘団が姿を現す前に橋を爆破して進撃を遅らせ、味方の主要舞台がドイツ軍に追いつく時間を稼ぐのが狙いだった。

しかし、その目算は早々に崩れることになる。およそ4,500人のパイパー戦闘団が目指していたのはマルメディではなく、チャック・ヘンセル軍曹が率いていたわずか13人の分隊拠点・スタブロだった。パイパー戦闘団にとっては圧倒的有利な状況。ところが、やがてパイパーは各所で第291戦闘工兵大隊の底力を思い知り、怒りのあまり「いまいましい工兵隊員どもが!」と吐き捨てたと言われている。

果たしてパイパーを窮地へと追いやった彼らの活躍とは。その後、新聞で取り上げられたのは空挺師団の活躍ばかりだったが、同番組では「第二次世界大戦の戦局を変えた」「工兵隊員が敵の動きを封じたことでヒトラーの野望は崩れ去った」と解説している。

同シリーズは毎週金曜19時から放送され、6月26日は「タラワの戦いと米海兵隊」、7月3日は「ベトナム戦争 フエの米海兵隊」、7月10日は「朝鮮戦争 長津湖の伝説の中隊」、7月17日は「沖縄戦 シュガーローフの戦い」、7月24日は「ラマディの戦いと米陸軍の戦略」。