欧風カレーには日本人の憧れの味が詰まっている

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欧風カレーの話をしよう。

誰もが好きなはずなのに今まで深く言及されてこなかったこのカレーについて。身近でありながら、実は得体の知れないこのカレーについて。

欧風カレーは好きですか? そう聞かれて「嫌い」と答える人はあまりいないだろう。2012年に全国1万3000人以上を対象に行なわれた「好きなカレーのタイプ」に関するネット調査によれば、堂々の第1位が欧風カレーである。2位が家のカレー、3位がおふくろのカレー、4位以下にインドカレー、ドライカレーが続く。

では、欧風カレーとはなんですか? きっと多くの人が言葉を詰まらせることだろう。“欧風”と言うくらいだから、ヨーロッパに本家がありそうなものだが、残念ながら欧州に欧風カレーは存在しない。ヨーロピアンカレーなどと無理やり英語にしてみてもどうもしっくりこない。なぜなら欧風カレーとは、日本人の日本人による日本人のためのカレーだからである。

日本のカレーは、憧れの洋食メニューの1つとしてイギリスから伝わった。1872(明治5)年に出版された『西洋料理指南』『西洋料理通』にはすでにカレーのレシピが記載されている。日本全国へ広めたのは、外国客船に乗務したコックだとも海軍に勤務した隊員だとも言われているが、いずれにしてもその味わいは素朴で、小麦粉とカレー粉をバターでさっと炒めてつくる簡易なものだった。

■ブイヨンとカレールウがおいしさの決め手

やがて、おいしさを追求していく中で、日本のカレーにはフランス料理のテクニックが応用されるようになる。海外からの客を迎え入れるホテルや海外留学経験のある日本人閣僚たちが足繁く通った老舗の洋食屋では、彼らを満足させるためにより上質なカレーをメニューに揃えておくことが必須だった。たとえば、1928年に本格的な西洋料理を提供し始めた「資生堂パーラー」のカレーライスは、大衆食堂のカレーが一皿7銭だった時代に50銭したという。贅沢な味わいのカレーは憧れの外食メニューを象徴する存在だったのだろう。

おいしさの決め手は、主に2つ。1つはコンソメやブイヨンなど、日本人が大好きなだしの旨味を加えること。もう1つは、もっちりとしたライスに合うようにカレールウに改良を重ねることだった。老舗洋食店「レストラン吾妻」の三代目・竹山正昭氏は、「昔は、名だたる洋食屋が競い合うようにカレーの開発をしていた」と言う。

茶褐色のソースに牛肉の塊が浮かぶ凛としたカレーは、玉ねぎやにんじん、じゃがいもがゴロゴロとした大衆的な黄色いカレーとは存在感が違っていた。その味わいは濃厚で深みがあり、つくるには気が遠くなるほどの手間がかかった。素人には成せない味というやつである。西洋料理への果てしなき憧れと日本人が好む味への飽くなき探究が、カレーをとことんリッチな存在へと昇華させたのだ。

■憧れの味は、おふくろのカレーにまで影響

一方、家庭でつくられるカレーの味も独自の発展を遂げた。カレー粉でつくる簡素なカレーに醤油やソースをドボドボとかけていた時代を経て、“即席カレー”が発売される。原材料に各種調味料が使われた固形ルウの登場によって、家で食べるおふくろのカレーの味は飛躍的においしくなった。エスビー食品は、1973年に即席カレーの高級版「ゴールデン ディナーカレー」を発売する。同社で商品開発に携わる中島康介氏によれば、「フォンドボーというフレンチのテクニックを前面に打ち出したディナーカレーは、家でもリッチなカレーを味わいたいというニーズを浮き彫りにした」と言う。

欧風カレーの名付け親は、カレー専門店「ボンディ」の創業者である、故村田紘一氏だ。フランスで学んだデミグラスソースを応用したカレーを開発し、今から40年前に日本で初めて“欧風カレー”の看板を掲げた。以来、似たような味を提供するカレー専門店が増え、人気を集めることとなる。明治以降、ホテルや洋食屋の伝統的なカレーが綿々と受け継がれていく一方で、後発で生まれた“欧風カレー”という言葉が、贅沢につくられたニッポンのカレーを総称するジャンルとして確立したという事実は非常に興味深い。

イギリスから伝わった日本のカレーは、フランス料理のテクニックを取り入れることにより、日本人が最も好む味へと進化を遂げた。ヨーロッパに存在しない欧風カレーが、日本で人気を博す理由はそこにある。

すなわち欧風カレーとは、現在、ニッポンのカレーの頂点に君臨するカレーなのである。

(文・水野仁輔(東京カリ〜番長) 撮影・三木麻奈)