6月11日のシンガポール戦は、Jリーグの強化担当者にとって興味深い一戦だったに違いない。僕がそういう立場なら、シンガポールのGKとセンターバックの調査に動く。
 
 この試合の主役は、日本ではまるで知られていないイズワン・マフブドというGKだった。マレーシアのクラブでプレーするこの24歳は、前半からグッドセーブを連発した。1996年のアトランタ五輪で、ブラジルをシャットアウトした川口能活のようだった。
 
 バイハッキ・ハイザンというセンターバックも、日本にはやっかいな存在だっただろう。マフブドと同じマレーシアでプレーする31歳は、186センチの長身を生かしてゴール前の制空権を争い、球際でのハードかつクリーンな対応で勝点1の獲得に貢献した。アジア枠を使っていないJリーグのチームには、どちらも魅力的なふたりである。
 
 それにしても、シンガポール相手にスコアレスドローとは!
 
 W杯予選のオープニングゲームには、特有の緊張感が駆け抜ける。地元の声援を受けることのできるホームの雰囲気が、プレッッシャーとなってしまうこともある。
 
 4年前の予選を知る選手が、日本にはいる。川島、吉田、長谷部、香川、岡崎は、ブラジルW杯予選の初戦に出場している。彼ら5人だけではない。シンガポール戦のスタメンで言えば、本田や酒井宏もW杯予選を経験している。「初戦特有の緊張感」は、0対0という結果の言い訳にはならない。
 
 マフブドとハイザンを中心とした相手守備陣は、確かに頑張った。ポストやバーに嫌われた一撃もあった。幸運に恵まれたのは、日本ではなくシンガポールだった。
だが、日本の攻撃が彼らの予想を超えるものではなかったのも事実である。
 
 シンガポールのベルント・シュタンゲ監督は、「くだらないファウルはしないように」と選手に強調したという。果たして、シンガポールはひとりも警告を受けなかったが、日本の攻撃も無関係ではないはずだ。
 
 警告や退場を覚悟してでも止めなければならないシーンが、シンガポールにはなかったのである。シンガポールのファウルをきっかけとした直接FKはあったものの、ワンサイドゲームの内容からすると少ない。ハリルホジッチ監督は「100パーセント得点できるチャンスを19回作った」と話したが、僕のメモでは決定機が10回だ。
  
 そのなかから「100パーセントの得点機」を抜き出すと、前半は30分の岡崎のシュートだけだ。後半は三つある。55分の岡崎のヘッド、67分の本田のヘッド、それに72分の本田の直接FKである。
  
 23本のシュートのうち、ペナルティエリア内から狙ったものは12本だった。ワク内シュートは10本である。どちらも全体の半数に届かない。ペナルティエリア内からの枠内シュートは6本だった。総シュートのほぼ4分の1である。ひとつのシュートをきっかけとして波状攻撃を仕掛ける展開が、さほど多くなかったことに気づくだろう。それもまた、シンガポールを追い詰められなかった一因である。CKにつながるシーンは多かったが、変化に乏しかった印象は否めない。
 
 こういった試合の判断基準とするべきは、「W杯なら結果をどのように受け止めるのか」である。
 
 23本のシュートを浴びせたとしても、勝点1しか奪えなかったら──僕は勝点2を失ったと判断する。0対0で迎えた終盤に、なぜパワープレーを仕掛けなかったのかを問う。
 
 ハイクロスを何度もゴール前に供給されると、守備側は精神的にも肉体的にも擦り切れていくものだ。身体を激しくぶつけ合う空中戦では、セカンドボールの行方に偶然が入り込む。こぼれた先に日本の選手がいれば、決定的なシーンとなる。
 
 シンガポールの前線には、ひとりしないなかった。槙野と吉田の両CBが、最後尾に残っている必要はない。CBとSBの2枚でも、十分に対処できた。最終盤の時間帯ではなく、残り10分を目途にCBをひとり上げても良かったのではないか。186センチのハイザンが、80分で負傷交代したことを考えても、だ。

 引いた相手をいかに崩すかという課題を、新監督はいきなり突きつけられた。予想外のスタートとなったW杯2次予選は、ハリルホジッチのマネジメント能力を見る格好の展開となりつつある。そう考えれば、失態も悪くないのかもしれない。