初の公式戦で“アジアの洗礼”を受けることになったハリルホジッチ監督。「怖くない相手だった」かもしれないが、今後の仕事の難しさを実感したはずだ。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

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 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、実に正直に胸の内を明かしたと思う。
「私は負けるかもしれないと、それが少し怖かった。これほどのチャンスを決められないと、逆に最後の最後に決められて終わる。しかしシンガポールには、すでにその体力が残っていなかった」

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 残り10分、相手陣内で酒井宏樹が、目の前のハフィス・スジャドにプレゼントパスをしてカウンターを食った瞬間、おそらく指揮官は敗戦の可能性に慄いた。
 
 一方会見の冒頭では、シンガポールについて、こう語っている。
「守備しかして来ないことが予想され、ほとんど怖くはない相手だった」
 矛盾しているようにも聞こえるが、つまり終盤にかけて指揮官は、相手というよりは、試合の推移が不気味に感じられたに違いない。
 
 当然就任前には、同じように再三チャンスを築きながらPK戦の末に敗れたアジアカップのUAE戦もチェックしている。それでも抜本的な改革を施せば日本を変えられると確信して就任したのだろうが、この夜は改めて日本の病巣の深さと、今後の仕事の難しさを実感したのではないだろうか。
 
 4-5-1のブロックを築くシンガポールに対し、ハリルホジッチ監督が準備した対策は「逆サイドへの斜めのパスで揺さぶり、そこからクロスを入れる」攻撃だったという。左SBに太田宏介を起用したのもサイドから正確なクロスが必要だったためで「きょうはキミの試合だよ」と送り出したという。
 
 ところが指揮官の意に反して攻撃は中央に偏った。
「中央から崩すなら、もっとフリックを使ったり、2〜3本のダイレクトパスを入れたりしなければ、フィニッシュは難しくなる」
 
 だが香川真司と本田圭佑が共存すれば、互いに距離を詰めショートパスを駆使して中央突破に傾くのは、今に始まったわけではない。もしサイドチェンジからのクロスに活路を求めるなら、最初から2トップにしてエリア内のターゲットを確保した方が効率的だったはずだ。またボールを動かしゴールへの道筋を切り拓くためには、運ぶタイプを増やすより、柴崎岳を起点として残しておくべきだったかもしれない。
 ただし就任3か月のハリルホジッチ監督は、確かに「やるべきことをやった」とも言える。アタッキングゾーンから果敢な守備を開始し、大半は敵陣で攻撃の芽を摘み取り、再度攻撃へとつなげた。「100パーセント決まる形が19回」(ハリルホジッチ監督)は大袈裟だとしても、その半分くらいは決まらない方が不思議なチャンスを積み上げた。
 
 敢えて苦戦の要因を絞り出すとすれば、あまりに緩かった5日前の親善試合に行き着く。
 
 なぜか日本代表は、大舞台への出陣前には景気づけを図りたがるのだが、あまり効果が上がったケースは見当たらない。2006年ドイツワールドカップの開幕前最後の仕上げがマルタ戦、昨年はブラジル出発前にキプロス戦を行ない、どちらも緊張感を欠く試合になった。逆に2010年南アフリカ大会前は、コートジボワールやイングランドなど強豪と試合をすることで、課題も手応えも確認できた。
 
 今回メンバー、コンディション、モチベーションと3拍子揃って欠落したイラクは、まるで日本代表に花道を開けるかのように、パスもドリブルも気持ち良く通してくれた。これでは格上の日本に最大限に警戒を施して来たシンガポールの厳しい対処が身に染みたはずだ。
 
 日本側に少しずつ焦燥が広がるごとに、シンガポールは集中力と勇気を増していく。1996年アトランタ五輪で日本がブラジルを下したマイアミの奇跡や、4年前になでしこが開催国のドイツを下した一戦と似たシナリオだ。
 
「欧州で長いシーズンを過ごした日本の主力選手たちは、やや疲労を残し、やや集中力を欠いたかもしれないし、我々に対する過小評価があったかもしれないね」(シンガポール代表ベルント・シュタンゲ監督)
 
 ハリルホジッチ監督も「こういう試合には罠がある」と盛んに危機感を促したが、それは生真面目な日本人選手には逆効果になったのかもしれない。
 
 もちろんそれでも日本の最終予選進出は揺るがない。しかし反面「衝撃的な結果」(シュタンゲ監督)の持つ意味は小さくない。シンガポールと分けてしまったことで、日本はアフガニスタンやカンボジアからも大量ゴールを狙う必要に迫られる可能性が出てきたからだ。これは指揮官の考え方次第だが、こうした試合もベストメンバーで臨もうとする可能性が出てきた。
 
 だがアジアの2次予選で大量点を奪えても、世界で戦うための強化にはつながらない。一方でシンガポール戦に臨んだ日本代表のスタメン平均年齢は27.2歳。3年後も底上げや代謝なしに戦えるとは思えない。
 
 アジア予選のフル工程をひたすら全力疾走した先に、世界での好成績を描くのは難しい。
 
取材・文:加部 究(スポーツライター)