「タメ息禁止!」 トリノ五輪キャスターを務めた松岡修造氏の知られざる行動
スポーツシーンの“ある一部分”に注目することで隠されたドラマや真実を伝える「ゴン中山&ザキヤマのキリトルTV」(テレビ朝日)。14日放送分では、その一つとして元テニスプレーヤー・松岡修造氏の行動にフィーチャーした。
松岡氏と言えば“熱い男”として知られるスポーツキャスターだ。番組ではそんな松岡氏の“熱さ”を紹介した。キャスターを務めた番組では、本番中でなくても「やってきたぞ!ずっと!」などとモニター越しに選手を応援するなどその熱意は本物。すると同番組は、2006年のトリノ五輪で松岡氏がテレビ朝日のメインキャスターを務めた時の様子を紹介した。
この時、日本勢は大会前より数多くのメダル獲得が期待されていたものの、いざ大会が幕を開けるとなかなかメダルに手が届く選手は出てこなかった。
そんな折、現地の特設スタジオで五輪の様子を連日伝えていた松岡氏は、筆ペンであるメッセージを書き始めた。当時、同じスタジオにいた武内絵美アナウンサーは「トリノオリンピックは大会がはじまってからなかなかメダルが出なくて、東京とは時差もありますし(スタッフも)不眠不休で体力的にも落ちている中で日本選手の成績が振るわないという時で皆さんドンヨリして疲れてたんです」と振り返る。
さらに「そこでスタッフ、伝える側の私達が元気を出さないといけないんだということで修造さんがエールを込めてメッセージを書いて下さったんです」という武内アナ。そんな松岡氏が書いたメッセージは「FORZA(頑張れ)日本報道陣」というもの。松岡氏はこれを日本の報道陣が通る廊下の壁に張り出し、テレビ朝日のみならず日本の報道陣全員を励まそうとしたのだ。
その後も「こんなはずじゃなかったと思うの禁止!」、「ふんばれ日本!」、「タメ息禁止!」、「うつむき禁止!」など大会が進むごとに松岡氏によるメッセージの張り紙は増えていった。
「本当は松岡修造さんが一番落ち込んでいたと思うんですよ。ただ、そんな中、修造さんが“私達こそ頑張んなきゃいけない”ってエールを送って下さった」。武内アナはこう話すと「テレビで伝える側の気持ちというのは観ている皆さんに一番伝わってしまう。日本で観ている人達の気持ちを誰よりも分かっているのが松岡修造さんなんじゃないか」と言葉を続けた。
そして一つのメダルも獲得できずに迎えた大会12日目。女子フィギュアスケートで荒川静香氏が大会初のメダル――、しかも金メダルを獲得した。当時の中継では松岡氏が号泣する様子が伝えられたが、その裏側を知るとまたその涙に様々な想いがあったことは想像に難くない。
松岡氏と言えば“熱い男”として知られるスポーツキャスターだ。番組ではそんな松岡氏の“熱さ”を紹介した。キャスターを務めた番組では、本番中でなくても「やってきたぞ!ずっと!」などとモニター越しに選手を応援するなどその熱意は本物。すると同番組は、2006年のトリノ五輪で松岡氏がテレビ朝日のメインキャスターを務めた時の様子を紹介した。
そんな折、現地の特設スタジオで五輪の様子を連日伝えていた松岡氏は、筆ペンであるメッセージを書き始めた。当時、同じスタジオにいた武内絵美アナウンサーは「トリノオリンピックは大会がはじまってからなかなかメダルが出なくて、東京とは時差もありますし(スタッフも)不眠不休で体力的にも落ちている中で日本選手の成績が振るわないという時で皆さんドンヨリして疲れてたんです」と振り返る。
さらに「そこでスタッフ、伝える側の私達が元気を出さないといけないんだということで修造さんがエールを込めてメッセージを書いて下さったんです」という武内アナ。そんな松岡氏が書いたメッセージは「FORZA(頑張れ)日本報道陣」というもの。松岡氏はこれを日本の報道陣が通る廊下の壁に張り出し、テレビ朝日のみならず日本の報道陣全員を励まそうとしたのだ。
その後も「こんなはずじゃなかったと思うの禁止!」、「ふんばれ日本!」、「タメ息禁止!」、「うつむき禁止!」など大会が進むごとに松岡氏によるメッセージの張り紙は増えていった。
「本当は松岡修造さんが一番落ち込んでいたと思うんですよ。ただ、そんな中、修造さんが“私達こそ頑張んなきゃいけない”ってエールを送って下さった」。武内アナはこう話すと「テレビで伝える側の気持ちというのは観ている皆さんに一番伝わってしまう。日本で観ている人達の気持ちを誰よりも分かっているのが松岡修造さんなんじゃないか」と言葉を続けた。
そして一つのメダルも獲得できずに迎えた大会12日目。女子フィギュアスケートで荒川静香氏が大会初のメダル――、しかも金メダルを獲得した。当時の中継では松岡氏が号泣する様子が伝えられたが、その裏側を知るとまたその涙に様々な想いがあったことは想像に難くない。