■6月特集 ブラジルW杯から1年 
〜日本代表と世界はどう変わったのか?〜(4)

 たぶんそんな練習をしているチーム、世界のどこを探してもないと思うんですよ――。

 本田圭佑の言葉に、日本が世界に勝つためのヒントが隠されているかもしれない。

「そんな練習」とは、いったい何か。それは、速攻の精度を高めるための練習である。

 4-0で勝利したイラク戦。コーナーキックから槙野智章が決めた2点目を除く3ゴールは、いずれも素早く縦を突く、速攻から陥(おとしい)れたものだった。

 先制点は、柴崎岳のロングフィードで抜け出した本田が逆サイドネットを揺らして生まれたものだった。4点目も柴崎のフィードがDFにクリアされ、こぼれ球を拾った原口元気が逆サイドネットに蹴り込んだ。

 なかでも見事だったのが、3点目だ。柴崎のパスから宇佐美貴史がドリブルをスタートすると、その右前を本田が走り、左側を岡崎慎司が走る。慌てた敵のDF4人が宇佐美に吸い寄せられていった瞬間、左外に逃げた岡崎にパスが出て、岡崎が左足でゴールを決めた。

 3人で4人のDFを切り裂くコレクティブ(組織的)な速攻――。「今日一番良かったと思うのは、選手が前を向いたとき、2〜3人がトップスピードでダッシュしていけたこと」と岡崎は振り返ったが、3点目の場面がまさにそれだった。

 こうしたゴールシーンを見れば(いや、ゴールシーン以外の場面でも)、「何年か前からチームがやってきた方法を抜本的に変えた」とハリルホジッチ監督が言うように、ショートパスを連ね、ボール支配率を高めて主導権を握ろうとするチームから、手数をかけずに素早く縦を突くチームへと変貌を遂げたのは、明らかだ。

 意識改革は、たしかになされた。

 となれば、次はその精度が問われることになる。

 4ゴールがすべて素晴らしいものだったのは間違いないが、「もう少し点が取れたとも思う」と指揮官も指摘するように、チャンスの数はゴールの倍ぐらいあったのもたしかだ。

 そのひとつとして挙げられるのが、後半16分のシーンだ。

 コーナーキックをキャッチしたGK川島永嗣が素早くリリースし、香川真司がドリブルで敵陣へと攻め込んでいく。その左側から宇佐美が、右側から本田が、さらに右の奥から岡崎が一目散に猛ダッシュする。イラクのゴール前、日本4人対イラク4人の状況から香川が本田へラストパス――。ところが、パスが後方にずれ、シュートには至らなかった。

「あれって口で言うほど簡単ではなくて、ああいう練習を実際に普段の試合までのプロセスでやらないと、ダメだと思うんですよね」

 その場面を振り返って、本田が言う。

 そして、続いて発せられたのが、冒頭のコメントだった。

「たぶんそんな練習をしているチーム、世界のどこを探してもないと思うんですよ。でも、それをやらんとダメなんです。全員がトップスピードで走っているわけで、練習で8割ぐらいの力で走ってやっても、本番では100パーセントでやるんだから、合うわけがない。で、そこを、『次、合わせます』って言えるほど簡単な作業でもない」

 なぜ、口で言うほど簡単ではないのか。

 パスをつないで崩す「遅攻」には正確な技術が必要となり、速攻で仕留めるにはスピードと勢いが大事――そんな誤解があるかもしれないが、実は速攻のほうが、求められる技術は圧倒的に高い。

 パスの出し手も受け手もトップスピードで走りながら、それでいて「止める・蹴る」の正確な技術と、「どこに出す・どこに走る」といった正確な判断が求められるからだ。

 本田がなおも続ける。

「トレーニング中にそうしたシチュエーションがあれば、意識してトップスピードでもらうような要求をし合うのが必要かもしれないですね。実際、ブラジル代表はあのスピードでカウンターを完結させるから、どんな相手でも6〜7点取って勝ったりするでしょう」

 ブラジルの速攻には、日本もずいぶんと痛い目に遭っている。

 2012年には0-4、2013年には0-3、2014年にも0-4で敗れたが、ボールを保持していた日本が中盤でブラジルの網にかかり、少ないパス数であっという間にゴール前に攻め込まれ、フィニッシュまで持ち込まれたシーンが何度もあった。

 ゴール前で3対3、いや、3対4とひとり少ないぐらいでも、ブラジルは確実にシュートに結びつけてくる。ボール保持者がDFを2人、3人と引きつけておいてから、鮮やかにラストパス――。

「ブラジルってカウンターがすごくうまいんですよ」

 そう言ったのは、2012年のブラジル戦に出場し、所属クラブではジュニーニョ(元川崎フロンターレなど)を筆頭にブラジル人アタッカーを操る立場だった川崎フロンターレの中村憲剛である。

「ブラジル人選手ってパスを回す技術がうまいと思われているけど、実はカウンターの技術が本当にうまい。ふたりぐらいでシュートまで確実に持ち込んでいく。誰がどこに走り、どうマークを引きつけ、そしてフィニッシュまで持ち込むか、その流れに淀(よど)みがない。個人戦術というか、グループ戦術が子どものころから染みついているんだと思う」

『自由奔放なサッカー』の代表的な存在であるブラジルであっても、実は、個人個人が共通するセオリーやパターンを身につけている。だから、即座に同じ絵を描けるのだろう。

 そこで思い出したのは、岡田武史氏(元日本代表監督)の言葉である。「なぜ、FC今治のオーナーになったのか」と問われた岡田氏は、講演やインタビューの場でこんな風に話していた。

「ブラジルW杯の後、日本がなぜ勝てなかったのか議論している中で、あるスペイン人コーチに、『日本にはサッカーの型がないのか』と言われた。自由に見えるスペインだが、16歳までに型をマスターさせ、その後で自由にやらせるという。型と言っても、型にはめるという意味ではなく、共通意識を持つというニュアンス。まず基準があり、そこから自由に動き出す」

 さらに続ける。

「アジアカップのヨルダン戦で本田が得点したが、岡崎が左サイドからシュートを打ったとき、本田も走り出したのでゴールになった。ところがUAE戦で同じ状況になったとき、今度は本田が走っていなかった。つまり、ヨルダン戦はたまたま入ったということ。『このタイミングであのゾーンを取ったら、逆サイドも同時に走り出す』といった共通認識の型を作る――これが『岡田メソッド』で、それをFC今治でやってみようと」

 筆者も、サッカーにおいて型を作るという考えには共感している。

 例えば野球では、カウント別やランナーの状況別のセオリー、バントシフトや中継プレーのセオリーなど、プロ・アマ問わず浸透しているものが少なくない。

 それに比べてサッカーは、即興性が強いスポーツとの認識があるためか、岡田氏も言うように、日本では型やセオリーがそこまで浸透していないように感じられる。

 それでも近年、バルセロナの影響もあって日本でも、「誰が、どのタイミングで、どの角度でサポートすれば、ボールを回しやすいか」といったポゼッションの型、セオリーが確立されてきたように感じるが、速攻の場合は、「行き当たりばったり」のケースも多く、3対3の状況を作っても、シュートに持ち込めない場面をJリーグでもよく目にする。

 だが、遅攻よりも難易度が高い速攻のほうが、「型」が必要になる。今の日本代表が「縦に速い攻撃」を志向しているのなら、なおさらだ。

 イラク戦の3点目。宇佐美の仕掛けとコース取り、岡崎のDFから逃げる動き、本田の囮(おとり)となる走りは素晴らしかった。これを、その場のイマジネーションによる産物ではなく、チームの型、セオリー、共通理解にまで昇華させれば、日本の本物の武器となる。

 本田が話したのは練習における意識の問題だったが、「監督のトレーニングはいろいろとサプライズが多い」と本田も言うだけに、もしかすると、ハリルホジッチ監督はすでに速攻の精度をより高めるためのメニューを用意しているのかもしれない。

 宇佐美のパスから岡崎が決めたゴールが、偶然で終わらないように。

 香川から本田へのパスが、次は確実にゴールへとつながるように。

「速攻の型」をチームとして習得したとき、日本はブラジルのように、"したたかに"相手を仕留めるチームになる。

飯尾篤史●文 text by Iio Atsushi