今年3月、20?競歩の世界新記録を更新し注目を集めている鈴木雄介(27歳・富士通)

写真拡大

今年3月、20?競歩の世界新記録を更新し、注目を集めている鈴木雄介(27歳・富士通)。

フルマラソンに換算すれば、2時間41分台というペースだ。そう聞けば、いくらなじみがない競技といえどもスゴさが理解できるだろうか。

前回記事「陸上・日本男子で半世紀ぶりの世界新! 競歩・鈴木雄介を直撃『五輪の金メダル獲得と世界記録を出す順番が逆になっちゃった』」では鈴木選手の美しいフォーム画像や動画も配信したが、今回は“世界一速く歩く男”に100mやマラソンとは異なる、競歩ならではの魅力を聞いた!

* * * 

昔に比べ、競技人口は増えたものの一般的には競歩という競技を見たり、やったりする機会はあまりない。だが、鈴木が生まれ育った石川県は64年東京五輪と68年メキシコ五輪に出場し、その後も選手指導に尽力した故・斉藤和夫氏の存在もあり、昔から競歩が盛んな県だ。

小3の時、2歳年上の兄と一緒に近所の陸上クラブに入った鈴木が競歩を始めたのは中学入学後のこと。

「(陸上競技部には)長距離部員として入ったんですけど、中1の時は地区大会で出られる種目がないから強制的に『オープン参加でもいいから競歩に出ろ』と言われて、出たら上位に入った。2年の地区大会では長距離と競歩の両方で出場して、競歩だけ県大会に行けました。

それでジュニアの指導をしていたコーチに『ちゃんと練習してみないか。県大会で成績がよかったらTシャツをやるから』と誘われまして。はい、モノにつられました(笑)」

結局、その後の大会でも順調に結果が出るなど、速くなることに喜びを覚えた競歩を専門にやろうと決めた。

「先輩たちも普通に競歩をやっていたという環境があり、僕も(歩き方を)マネするのがうまくて、深く考えなくてもきれいに歩けたというのが大きいですね。石川県でなければ、他のスポーツをやっていたと思います」

鈴木にとってさらに幸運だったのは、国際陸上競技連盟が03年から歩型などのルールやジャッジを明確化し、日本陸上競技連盟も04年には国際陸連の競歩部長と国際審判を招いて講習会を行なったり、海外合宿に選手を派遣し始めたことだ。

当時、中学記録保持者になっていた鈴木も講習会に参加し、高1からはイタリアへ合宿に行くなどしっかりした理論を吸収しながら強化に励めたのだ。

競歩は一周2?の周回、もしくは直線折り返しコースで行なわれ、主任を含めて6〜9名の審判員が見守るなかで行なわれる。主なルールは「常にどちらかの足が地面についていなければいけない」と「前脚のヒザは接地した瞬間から垂直の位置になるまで真っ直ぐのびていなければいけない」のふたつ。

違反すれば、それぞれ「ロス・オブ・コンタクト」「ベント・ニー」という反則になる。審判はそれを目視で判定し、3人が歩型違反としてレッドカードを出せば、その選手は失格となる。

骨盤を旋回させるように歩くため、かつては「アヒルが歩いているような競技」と揶揄(やゆ)されたこともある。だが、鈴木は意に介さない。

「そう思われても別にいいんじゃないかなと思いますね。生でもTV中継でも、実際に見てもらえれば楽しいもの、面白いものとして見てもらえる自信はあります」

鈴木いわく、競歩にはふたつの見方があるという。

「最近思うのは、競歩の場合はマラソンのような競争競技としての見方の他にフィギュアスケートのような採点競技としての見方もあるんじゃないかということです。細かいルールはあるし、慣れれば誰でもジャッジできるものですけど、まずは深く考えずに単純に見ればいい。

実際、競技を知らない人が『あの選手はきれいに歩いているな』と思うのが一番いい歩型だという気がします。だから『あのフォームはきれいだな』とか『あのフォームはいやだな』と、自分なりに採点するのがいい。『あの選手、失格じゃないの』と思った選手がゴールしたら『なんで?』と話題にしてもいいし。実際、僕らもそういう見方をすることが多いです」

一方、競争競技としての魅力は、最後の1、2周まで展開が読めないこと。レース中盤でも一周のラップタイムの差は大きいが、終盤になって疲れてくると一気に30〜40秒遅くなることもある。



「余裕十分に見える選手がスパート合戦になったら突然いなくなっていたり、キツそうな顔をしているから『あの選手はもうダメだな』と思っていたら最後まで行ってしまったりと予想外のことも多いですね」

そんな鈴木が一観客として見ていて最もスリリングだったというのが、ロンドン五輪の女子20?。

07年以来、世界選手権、五輪と世界大会を4連勝していたロシアの選手がスタートから世界新のペースで飛び出し、中盤では追走集団に40秒以上の差をつけて五輪連覇を決めたかに見えた。

ところが、14?を過ぎてからロシアの別の選手が猛追。ラスト100mで逆転したのだ。ともに、それまでの世界記録を上回る熾烈(しれつ)な勝負だった。

「競歩は逃げるパターンのレースもできるし、追い込むレースもできる。競馬に似たところもあると思います」

男子ともなれば、勝負どころでは100mで15秒台のペースになることもある。また重要なレースほど反則覚悟で勝負をかける選手もいて失格者が続出する。ある意味、失格はつきものである。

だが、驚くべきことに鈴木はこれまで一度たりとも失格になったことがない。誰よりも「美しいフォーム」にこだわっている。

「今、目指しているのはリラックスした滑らかな動きで、足の運びもしなやかに見えるフォームです。最近の練習ではスーパースローで映像を再生しても(足が)ほぼ浮いていないくらいのフォームができていますね。

調子がいい時にはうまく重心を前に移動できて、接地した足にサッと乗り込めていける。後ろ足を蹴り上げるのは競歩じゃないと思っているので、いかに低く足を前に持っていけるかだと思います」

世界記録を出した直後、TVのインタビューで「リオで金メダルを獲るのが目標」と公言した。今、鈴木が考えるのはそれ以上の野望だ。

「今、一番目標にしているのは今年8月の世界選手権から来年のリオ五輪、再来年の世界選手権(イギリス・ロンドン)と3年連続で世界の舞台で金メダルを獲ることです。今はそれしか考えてないですね。この3年間を終えたら引退してもいいぐらいの気持ちでやっています。

もちろん、その後は50?に移行して東京五輪で優勝するという青写真もあったりするんですけど、この3年間というのは競歩を始めた時よりもっと前の、スポーツを始めた時、金メダルというものを意識し始めた時からのひとつの集大成というイメージがあります。世界記録を出したこともそうですし、今は心身ともに金メダルを狙える位置にいるというイメージを持てているので充実しています」

急に注目される存在になったが、周囲からのプレッシャーも気にならないという。

「試合前になればプレッシャーを感じるかもしれません。でも僕の場合、それは他人から受けるものでなく、自分自身でかけちゃうことが多い。だから、コンディションのピーキングさえうまくいけば大丈夫かなと」

最後に、まだ競歩を見たことがない人に向けて、こんな言葉を残した。

「8月の世界選手権はTV中継があるはずなので、まずは見てほしい。いずれは銀座のど真ん中で大会をやれるくらいの競技にしたいですね(笑)。もちろん、そのためにも自分がしっかり結果を残さなければいけないと思っています」

まずは8月の世界選手権に注目だ。

【動画でもチェック! 失格経験ゼロ、これが世界新を生んだ「美しいフォーム」だ!】 

https://youtu.be/rsUtSB9zlMA

(取材・文/折山淑美 撮影/ヤナガワゴーッ!)