ブラジルW杯惨敗の挫折を乗り越え、再び高みを目指す長友佑都の決意

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文=元川悦子

 3月のチュニジア(大分)・ウズベキスタン(東京)2連戦で本格始動したヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる新生・日本代表。初合宿から複数回のミーティング、体脂肪や心配機能といったデータ管理の徹底、外出禁止や食事時間の規律設定など、新指揮官の厳格なチームマネージメントに選手たちは驚きを隠せなかった。だが、長友佑都(インテル)は3月シリーズを負傷欠場。ハリルホジッチ流の実情をまだ知らなかった。今回の6月2連戦に招集され、ついに新指揮官の下でプレーすることになったわけだが、3日の欧州組合宿合流前には岡崎慎司(マインツ)に「どんな監督なんだ」と尋ねるほど、期待と不安の両方を胸に秘めていたようだ。

「監督といろいろと話して、『もう1回、日本を本気で強くしたい』って気持ちがすごい伝わってきた。ワールドカップで負けてしまって、僕ら1人1人、日本全体が自信を失ってる状況があって、もう一度自信を取り戻すために戦っていきたいと。そのためにも経験のある選手がピッチ内外で引っ張れるところを見せてほしいという話がありました。フィジカルトレーニングのデータもホントに細かい。こんなの初めてですよ」と長友は初練習終了後、新鮮な刺激を受けた様子だった。チームに新たな活力が生まれつつあることも実感したのだろう。

 彼自身の様子もハビエル・アギーレ監督時代とは確実に変化していた。2014年ブラジル大会惨敗後に発足したメキシコ人監督が代表を率いた5カ月間、長友からかつてのような威勢のいい発言が聞かれることは皆無に等しかった。インテル5シーズン目の今季早々、左サイドの定位置を若いドドに奪れたこともあって、どうすれば再び世界トップを目指せるのかを考えあぐねている印象が強かった。

 その迷いを象徴したのが、1月のアジアカップ(オーストラリア)でのメディア対応だ。2008年に日本代表に初招集されて以来、つねに笑顔で取材に応じてきた彼が連日、メディアを避け続けたのだ。

「僕が喋ることでチームや自分のためになるならね、どんどん喋っていきたいと思いますけど……。ただ、ワールドカップで自分の中のエゴの部分、自分の理想のサッカーを求めすぎたところがあった。その難しさを感じたんで」と本人は無口になった理由を説明していた。こうしたもやもや感は準々決勝・UAE戦(シドニー)前日会見での1つの事件に発展する。長友は2018年ロシアワールドカップへのテーマや課題を問われ、壇上で黙りこんでしまったのだ。隣にいたアギーレ監督に助け舟を出されるほど、彼は自分の考えを明確に語れなかった。そんな姿を公の場で見せたのは初めてだった。

 あれから約半年が経過。インテルではケガが長引いて満足いく結果を残せなかったが、メンタル的には最悪の状態を脱したという。

「僕もこの世界でずっと生きてきたんで、勝敗って言うのはやっぱり受け止めないといけない。自分たちの実力だとしっかり受け止めてやらなきゃいけないんでね。ワールドカップもアジアカップも結果が出なくて、もちろん悔しい思いはしましたけど、それを引きずり過ぎても前に進めないから。会見で黙ったのも、悩んでたわけじゃなくて、自分たちのワールドカップの課題、今後自分がやらなければいけないことを簡単に話せるような状態じゃなかっただけ。自分の中で沢山の感情があった。答えは分かってるんだけど、あそこでパッと簡単に言える状況ではなかった。そういうところです。自分の考えはきちんと整理されていますし、ホントに大丈夫です。気にしないでください」と長友は以前の明るさを取り戻していた。

 一度、地獄を見た人間は強い。彼自身も再び高みを目指すためにできることは何でもやってやろうと割り切っている。その一例が右サイドバックでのプレーではないか。6日の午後練の最後に行われたクロス&シュートでは、長友は最初左サイドに入っていたが、途中から右に回されて、精力的にクロスを上げていた。内田篤人(シャルケ)不在で右サイドの手薄感が強いだけに、彼の起用にめどが立てばハリルホジッチ監督も非常に心強いはずだ。

「インテルでも右サイドバックをやってますし、この前のシーズン最後の試合(6月1日のエンポリ戦)も右サイドバックやって、最後の5分10分は前でもやったんで、いろんなところをやれるのはありますね」と本人も強い自信をのぞかせた。

 長友の右サイドという新たなオプションが日本代表にもたらされれば、チームはまた1つ大きな武器を得る。右ひざに不安を抱える内田に依存しない強固な選手層を誇る代表を作るためにも、今回は長友の一挙手一投足に注目したい。