錦織圭は、グランドスラムの第2戦・ローランギャロス(全仏)で、初めてベスト8に進出。準々決勝で地元フランスのジョー=ウィルフリード・ツォンガ(第14シード)に惜しくも敗退したが、日本男子として、1933年の佐藤次郎以来、1968年のオープン化(プロ解禁)以降では、初の快挙を達成した。

 錦織は、パワフルなサーブとフォアストロークの強打が持ち味のツォンガに対して、いきなり2セットダウンとなり、苦しい戦いを強いられた。センターコートに舞う強風によって、集中力を欠いて自分を見失い、最初の2セットだけで錦織にしては多すぎる30本のミスを犯した。ただ、第2セット第7ゲームの後の試合中断後(※)、錦織は落ち着きを取り戻し、ストロークが良くなって、セットオールに持ち込んだ。
※強風で会場の設備が壊れ、約40分間中断した

 しかし、ファイナルセットの第4ゲーム40−15から、錦織が立て続けにミス。ツォンガにブレークを許し、3時間47分の接戦の末、勝ったのは地元フランスのツォンガだった。しかし錦織は、落胆していない。

「しっかり、3試合勝って、ここ(ベスト8)まで来られたのは意味がある。今日は最後、紙一重だった。初めてこうやってパリでいい成績が出せたのは、いい経験になると思います」

 錦織は昨年以上にクレーで安定した好成績を残し、昨年のUSオープンから、グランドスラム3大会連続でベスト8の成績を残した。トップ5プレーヤーとして恥ずかしくない成績を残している。グランドスラムで安定して良い成績を残していけば、またどこかで優勝争いをするチャンスが必ず訪れるはずだ。

 今季ここまでの錦織の好調を支えている3つの要素がある。

 ひとつ目は、昨年のクレーシーズンから、チャンコーチの指導によって会得した「攻撃時にベースランからステップインして打つストローク」だ。これは、今回のローランギャロスでも実に効果的だった。「クレーでも、どんどん打っていける。ウィナーも取っていける。特に、クレーで中に入っていけるバックは有効に感じている」と錦織は自信を深めていた。

 ただ、チャンコーチは、次のような点を指摘している。

「フットワークもバウンドもクレーでは他のサーフェスと違うのでアジャスト(適応)しなければいけません。クレーでのゲームはチェスのようなもので、ボールを打つ時にいろいろ対応しなければいけないのです。時には突然遅いサービスを打ったり、必要に応じて突然ハードヒットすべき」

 ふたつ目として、クレーシーズンで攻撃的なプレーができていた要因が、錦織の充実したフィジカルが挙げられる。昨年の全仏では、春に痛めた左足股関節の炎症や、でん部や左足ふくらはぎのケガが100%回復しないまま出場に踏み切り、初戦で敗れていた。

 それを教訓に、今年の錦織は4月からのヨーロッパクレーシーズンが始まる前に、かなり追い込んでトレーニングを積んで準備し、遠征中にもトレーニングを継続させている。

「体は強くなっていると思います。短期間で作られる体ではない。リハビリなど、細かい捉え方も変えてきているので、そうした細かい部分が生きてきて、今の強い体ができ始めていると思います」(錦織)

 出場する全大会に帯同しているダンテ・ボッティーニコーチも、錦織のフィジカルが強くなり、充実していることに目を見張る。今年も体のどこかにケガはあるものの、そのマネジメントがしっかりできているという。

「圭は、より強いフィジカルを得るために、とてもハードなトレーニングにも耐えている。そして、経験を積んで成熟してきていると思う。コンディションにもよるけど、圭は自分の痛みによりうまく対応できるようになった。以前、同じような箇所に痛みを抱えていたことがあったけど、今の圭は、自分の体をより理解し、より良い対処ができるようになった」

 チャンコーチも、フィジカルの充実が今シーズンのクレーでの好成績の要因と見ている。

「圭は、フィジカルコンディション向上のためにハードに取り組んでいます。特別な秘密があるわけではありません。オフシーズンでのトレーニング期間に追い込んでやりました。すでに昨年から始めて、短期間でかつてないほど強くなりました。ハードワークが、いい形になって表れている」

 さらに、ボッティーニコーチは、錦織のある変化に気づいたという。そしてその変化が、フィジカル向上の要因と考えている。

「圭のマインドに少し変化が生じていると思う。以前の圭は、大きなケガになることを恐れ過ぎて、プレーをやめてしまうことがあった。でも、より良い対処ができるようになって、プレーを続けても問題が発生しないようになった。すべてがミックスされて、いい方向へ働いている」

 昨シーズン後半から、錦織は「ケガを恐れずにやっていきたい」とよく口にするようになり、厳しいトレーニングや過酷な連戦の中「痛いところが数カ所出てきますけど、しっかり治してやれば大丈夫です」と前向きな発言が増えた。

 チャンコーチも、錦織により強いメンタルが備わってきていることを指摘する。

「良い結果を出すことによって、より自信を深めている。メンタルサイドはとても重要で、何にでも関わり影響を及ぼします。圭の精神状態がとてもいいので、この状態をキープしていきたい」

 全仏ベスト8進出を決めたとき、錦織は初めて"優勝"を口にした。錦織自身も、グランドスラム初制覇が、決して絵空事ではないことをひしひしと感じ取っているのだ。

 引き続きチャンコーチは、錦織を冷静に見守っていく姿勢だ。

「まだ圭のグランドスラム初制覇についてはわかりません。道のりは長い」

 6月第2週からは、グラス(天然芝)シーズンに突入する。錦織は「いい準備をしていきたい」と前を向き、ウインブルドンに照準を合わせていく。

神仁司●文 text by Ko Hitoshi