『クリングゾールをさがして』ホルヘ・ボルピ,安藤 哲行 河出書房新社

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 1946年7月30日、ニュルンベルク裁判所においてナチス・ドイツの中枢にいた者たちに対する裁判が始まった。その中の一人、ナチスの非人間的な優生学研究の責任者であったヴォルフラム・フォン・ジーヴァスは、看過できない証言を行った。すべての研究プロジェクトは、ヒトラーの科学顧問によって予算管理をされていた。クリングゾールの暗号名で呼ばれるその人物は、科学界では広く認められた人物であるという。しかし法廷に引き出された者の中に、クリングゾールの正体について証言する者はいなかった。戦犯たちはナチスの科学開発の秘密を伏せたまま、あの世に逝ってしまったのだ。

 ドイツの輝かしい知性として知られる科学者たちの中に、ヒトラーの側近だった人間がいる。その可能性を追究し、クリングゾールを追い詰めようとするのが本篇の主人公、フランシス・P・ベーコンだ(どこかで聞いたような名前だが本名である)。彼はドイツの核開発状況を調査するために現地を訪れ、物理学者ハイゼンベルクの身柄拘束にも関与した。ライプツィヒ大学数学教授のグスタフ・リンクスを相談役とし、ベーコンは戦時中のドイツ科学界の事情について知る者たちへの聴き取り調査を進めていく。

 ホルヘ・ボルピ『クリングゾールをさがして』(河出書房新社)は、第二次世界大戦とその直後の時代を背景とした、異色の歴史スリラーだ。上のあらすじに紹介したように、戦犯捜しの小説として読むことができる。変わっているのは、その戦犯とは軍人ではなく、科学者たちだということである。小説の主要な登場人物はみな20世紀の科学史に名を残した著名な人物ばかりだ。たとえばベーコンがアメリカのプリンストン高等研究所に勤務していたころの恩師はジョン・フォン・ノイマンである。ナチスの台頭を嫌い、多くの科学者たちがアメリカへの亡命を果たした。彼らの中には、後に核爆弾の開発に従事したことで名を挙げた人間も多い。

 小説の要素の一つとして、20世紀最高の知性の持ち主たちが最低の殺戮兵器を作ることに協力したことへのアイロニーが示されている。たとえばハイゼンベルク。彼は同僚たちの多くが祖国を捨てた後もそこに留まり続け、ナチス・ドイツの核爆弾開発に協力し続けた。彼の真意については説が分かれており、消極的なサボタージュを研究所内で行っていたのだという見方から、戦争協力者であったという意見までさまざまだ。このハイゼンベルクの行為の是非を通じて、技術の非人道的な利用に無関係ではいられなかった科学者たちのありようが浮き彫りにされていく。

 また、量子力学という新しい学問によって導き出された、世界には確固たる中心などどこにもなく、証明済みの定理の
積み重ねによって作られた堅牢な構築物でもないという新しい観念が、魔術的な語りによって示される小説でもある。

 楽しいのは、本書の登場人物が不健全な下半身の活動に極めて熱心であることで、何種類かの三角関係、四角関係が用意されている。そうした下世話な話題もまた「世界には確実なものなど何もない」「観察者の存在によって対象は影響を受ける」ということの傍証として利用されたりするのだ。はっきりいって主人公のベーコンは糞野郎なのだが(プリンストンにいられなくなったのは、婚約者そっちのけで浮気相手とセックスに励んでいたせいだ)、彼がわがままな下半身の持ち主なのも、展開上の要請からそう設定されているのだと思しい。

 もっとお上品な話題を選ぶと、本書の叙述にはベーコンの協力者であるリンクスの手記が全体の額縁のような形で設定されているのだが、言葉を弄ぶような彼の手記もまた、小説の位相を上下に貫き、一切を不確実な土台へとおびき寄せるための撒き餌として機能している。重層的かつ、無駄なところがまったくない、驚異的な高密度の小説なのである。

 本書の作者はドイツではなく、メキシコ人である。ホルヘ・ボルピは1968年生まれの作家で、1999年に本書でブレベ叢書賞を受賞して大いに名を上げた。ブレベ叢書賞はスペインのセイス・バラル社が主催するもので、スペイン語圏の若い作家を発見するために創設された。1973年に一旦中断されたが、この作品が受賞した1999年度から再開されたのである(解説より)。1970年代のラテンアメリカ文学ブームのポスト世代として、ボルピは自国の言語圏を超越し、科学万能の時代であった20世紀の精神そのものを批判するという挑戦を行った。その結果本書は、世界20ヶ国以上で翻訳される大ベストセラーとなったのである。

 読むと確実に知的好奇心を刺激される一冊、大部ではあるが是非時間をとって読んでもらいたい。

(杉江松恋)