短く切った髪に合わせて......というわけでは決してないだろうが、錦織圭の全仏オープン4回戦は、試合時間もぐっと短く短縮された。

 4回戦の対戦相手は、上位陣を次々と破り好調のティムラズ・ガバシュビリ(ロシア/世界ランキング74位)。5年前も全仏オープンで4回戦に進出した、クレーを得意とする選手だ。その難敵相手に、6−3、6−4、6−2の快勝劇。試合時間は、わずか1時間56分だった。これは初戦の2時間10分、そして2回戦の2時間22分を上回る、スピード決着である。

 試合時間が短い理由は端的に、「ラリー数」に反映されている。この試合の総ポイント「187」のうち、4回以内のラリーで決着がついたのは、約68パーセントの「127」。ちなみにこの127本のうち、71ポイント(約56%)を錦織が奪っている。5回〜8回のラリーでは、48本中29本(約60%)を錦織が奪取。9回以上ラリーが続いたのはわずかに12本で、両者6ポイントずつを分け合った。

 また、この試合の最長ラリーは14回。これは、ラリーが続きやすいクレーでは相当に短い回数である。参考までにいうと、同じ日に行なわれたスタン・ワウリンカ(スイス/9位)対ジル・シモン(フランス/13位)戦の最長ラリーは27回。対戦相手のプレースタイルや力関係なども関係してくるので、単純には比べられないものの、この日の錦織の試合がいかに、「早いタイミングで勝負を仕掛ける打ち合い」であったかを示す尺度にはなるだろう。

 クレーコートでもコートの中に深く踏み込み、速い展開で果敢にウイナーを奪いにいくテニス――。

 これは、錦織が昨年から実践して成果を上げている、クレーコートでの革新的スタイルである。従来のクレーコートでの定石は、ベースラインの後方に下がり、重いスピンを掛けたボールを1球でも多く相手コートに打ち込むこと。もともと錦織も、クレーではそのようなプレーが求められると思っていた。恐らくはその思い込みが、ジュニア時代は「一番好きだった」コートが、プロになるにつれて「クレーのスペシャリストに勝つのは難しい」と、苦手意識を抱く場に変わった要因だろう。

 そのような定説に一石を投じ、意識革新を成すキッカケとなったのは、マイケル・チャン・コーチのアドバイスである。

「マイケルには、クレーコートでの良いアドバイスをたくさんもらった」という錦織は、自分本来のスタイルを少しだけクレー仕様にアジャストし、「速い展開で攻めるプレーこそが有効だ」という新説を赤土の上に描き、そして証明していった。その結果が、昨年のクレー10勝2敗、そして今季もここまで10勝2敗という好成績につながっている。

「昨年から、クレーでの戦い方を変えている。クレーでひらめきを覚えた瞬間から、どんどんクレーでも打って、ウイナーを取れると感じている」

 変革の時を、錦織はそう振り返った。

 そのような革新が可能だったのは、そもそも錦織が、「相手の時間を奪うテニス」を得意としたことだ。そして昨年から、その速い展開力に一層の磨きを掛けるべく、ショットの精度向上などに取り組んできたからである。自分が目指すテニスと、クレーでの新戦術――。そのふたつが同じ方向を向いていたことが、彼からクレーでの迷いを取り払い、ゴールへの最短ルートを走らせている。

「自分のテニスが良くなったことに加え、クレーでの取り組み方を変えてきたことが、クレーでも活躍できているキッカケだと思います」

 いつも通り、穏やかながら、確信と力強さに満ちた口調で、彼は明瞭に説明した。

 相手の時間を奪うように攻めてポイントを重ねていく流れは、快調なリズムを生み、強風を背に受けたような加速をもたらす。第2セットの第3ゲームでは、深く速いストロークで押し込み、相手が返した浮き球を「エアK」で叩き込んで、さらにリズムに乗った。あまりのスピード感に乗り過ぎたのか、ゲームカウント5−1とした場面で、チェンジオーバーと勘違いしてベンチに座ってしまったのは御愛嬌。試合中に断続的に小雨が降り、足もとの土も、水を含んだボールも重くなっていく中で、錦織の足取りだけが最後まで軽快だった。

 そういえばもうひとつ、軽やかなものがあった。「短いほうが楽だから」との理由で、昨日会場内で切った頭髪だ。

 気合いを入れ直したのか――?

 試合後の会見でそう問われると、ベスト8進出者は、明るい笑顔で応えた。

「はい、気合いを入れ直しました! ちょっと浮ついた気持ちがあったので」

「浮ついた気持ち」のくだりは、もちろんリップサービスだろう。

「今までの良いテニスができていれば、優勝までチャンスはあると思うので、ひとつずつ戦っていきたいと思います」

 精悍さを増した短髪の面差しで、錦織は頂点へと続く階段を、一段ずつ上がっていく。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki