土曜日の地震。揺れを感じたのは、横浜Fマリノス対ガンバ大阪の試合を観戦している最中だった。上位対決にしては低調な内容で、試合に入り込みにくかったこともある。揺れの小さな初期段階で、僕は地震に気づくことができた。

 両軍サポーターは、それでも応援に没頭していた。地震のアナウンスがあり、試合が中断を余儀なくされても、彼らはなお、試合から離れられない様子だった。揺れを怖がったり、帰路を心配したりする様子ではなかった。小心者のこちらとは、温度差において大きな開きがあった。

 飛び跳ねたり、大声で歌ったりしていたので、大きな揺れに気がつかなかったということはないだろう。気がついたけれど、大人数の中にいる安心感が、揺れの恐怖を和らげたと考えるのが自然だ。

 地震は、1人でいる時に遭遇すると恐怖は倍増する。実感したのは「3.11」だ。その時、僕は自宅マンションに1人でいたのだが、ほどなく、マンションの理事長さんが「大丈夫ですか?」と訪ねてきた時、ホッと安堵したことを覚えている。
 
 この日、横浜国際競技場(日産スタジアム)を訪れた観衆は3万5千人。「このスタジアムは、頑丈に造ってあるのでご安心を」と、場内アナウンスが流れたこともあるが、大人数の中にいる安心感に包まれたことは確かだった。もし誰もいないスタンドの中に、ひとりでいたら、半分パニックに襲われていたに違いない。
 
 横浜Fマリノス対ガンバ大阪。地震で中断するまで1−0で、試合はそう盛り上がることはなかったが、地震による中断を挟むと、両軍の動きは活発化した。中断がいい休養になった気もするが、それでも試合は動かず、ロスタイムに突入した。
 
 追加時間の表示は5分。ガンバ大阪に同点ゴールが生まれたのは、こちらがノートを閉じかけた時だった。公式記録によれば95分。94分台に生まれたまさに土壇場のゴールだった。

 ガンバ大阪のサポーター席は、当然のことながら、歓喜の渦に包まれた。だが、目を奪われたのは、逆サイドのゴール裏席だった。マリノスサポーターの応援のボルテージは、それ以上だった。応援旗も激しく揺れていた。チームカラーはともにブルー。一瞬、どちらがガンバサポーター席か、こちらの頭は混乱しそうになったほどだ。
 
 試合を終始、押していたのはマリノス。決定機の数でも大きく上回っていた。にもかかわらず、最後の最後で同点弾を浴びた。残り時間はウン十秒。

 サッカーは最後まで何が起こるか分からない。得点は、キックオフから10秒あれば奪えると言われるが、その可能性は1%にさえ遠く及ばない。ほぼゼロ。にもかかわらず、マリノスサポーターは大声援を送った。

 自軍がゴールを奪われるや、下を向く選手の背中を押そうと、間髪入れず、大声援を送るサポーター。Jリーグでよく見かける光景だ。サポーターの鏡。美しい光景と言えば、それまでだが、不自然な感じを受けることも確かだ。

 選手と一緒にガッカリする。選手以上にガッカリする。その方が、断然ナチュラルに見える時でも、彼らはサポーター精神を発揮しようとする。

 残り5分、いや3分なら分からないではない。サポーターらしい姿と言えるだろうが、残りウン十秒となると話は別だ。傍目からは、少し変わった集団に映る。

 外国のスタンドでは、むしろ瞬間、席を立つ人の姿を多く見るほどだ。

 この試合を、ゴール裏のサポーター席ではなく、一般席でひとりで観戦していたマリノスサポーターは、もっと敏感に反応していたと思う。激しくガックリしたと思う。声も出ないほど落胆していたはずなのだ。

 この1人と集団の関係。地震の揺れを体感する時と似ているなと思った。1人でいる時に感じる思いと、集団でいる時に感じる思い。それぞれには大きな差があるのだ。興奮のるつぼと化したゴール裏席の集団の中にいれば、残りウン十秒で、まさかの同点弾を叩き込まれても意気消沈することはない。巨大地震の大きな揺れにも、いい意味で暢気にしていられる。

 感覚は良くも悪くも麻痺した状態にある。集団心理、群集心理とは何か。もう少し失点にガックリすべきだと思うし、もう少し揺れに対して不安がるべきだと思うけれど、横浜Fマリノス対ガンバ大阪戦は、その意味について考える機会を与えてくれた、とても興味深い一戦と言えた。