5月特集 いま見るなら、女子ゴルフ(8)

 今年4月、フジサンケイレディスクラシックでツアー初優勝を遂げた藤田光里。昨年度の日本女子ツアー開幕戦で、彼女のキャディを務めた1歳年下の妹・美里は、「美人すぎるキャディ」として話題となった。現在モデルとして活動の場を広げる藤田美里は、以前は姉・光里とともにプロを目指し、ベストスコア71の腕前を持つ。そんな彼女が語る、妹だから分かる姉の性格、ゴルファーとしての長所や成長、そして姉妹の絆(きずな)とは――。

―― 姉妹がゴルフを始めたキッカケはなんですか?

藤田美里(以下、藤田):私たちもふたつ年下の弟も、父の勧めでゴルフを始め、父が指導してくれました。私は3歳から始めたので、気づいたらお姉ちゃんとゴルフをしていた、という感じです(笑)。最初はオモチャのクラブを使って、毎日練習をするようになってからは、大人用のクラブを70〜80センチほどにカットして使っていました。

―― お父さんの練習は厳しかったですか?

藤田:厳しかったですね。ホント、ゴルフ漬けの毎日で......。学校から帰ったらすぐ練習。練習から帰ってきたら22時半とか23時で、晩ご飯を食べてすぐ寝る、という生活でした。

―― ゴルフを辞めたくはなりませんでしたか?

藤田:姉はなかったんですが、私は「もうやめる!」って父とケンカになったことが何度かありました。でも、次の日になったら、練習に行っていたんですけどね(笑)。

―― 辞めなかったのはなぜですか?

藤田:3人だったからってことが大きいです。練習の最後にドライバーショットを1本決めるのが恒例だったんですが、3人のうち誰かがミスショットしたら、追加で2時間、練習だったんです。だから、3人でよく励まし合って......。ひとりでやっていたら、辞めていたかもしれないです。3人だったから頑張れたんだと思います。

―― ちなみに、お父さんのご職業は?

藤田:社交ダンスのインストラクターです。もともと趣味でゴルフをやっていて、シングルの腕前だったらしくて。ただ、私たちがゴルフを始めてからは、自分は趣味としてのゴルフを一切やめて、指導にあたってくれました。だから、一緒にラウンドしたことは1回もないんです。

―― お父さんは3人をプロにしようと思っていました?

藤田:手に職を、じゃないですけど、将来困らないようにって。でも、そもそもはプロどうこうというより、家族で一緒にできるスポーツを、と思って始めさせたそうです。

―― なるほど。

藤田:晩ご飯を食べ終わったら、3人で父の前に行って、住所、氏名、家族の名前を言って、最後に「賞金女王になります!」「賞金王になります!」と宣言するのが恒例行事だったんです。それも父いわく、試合に出たりコースに出ると、大人と接することも多くなるので、しっかり挨拶や会話ができるようにするためだったそうです。礼節に関しても、すごい厳しく教わりましたね。

―― ゴルフのスタイルは、姉妹で似ていましたか?

藤田:父に、「センスは美里、努力は光里」ってよく言われていました。ただ、お姉ちゃんはアマチュア時代から本番に強くて......。練習ラウンドでは、私のほうが良かったことはいくらでもあるんです。「今回は勝てるかも」って試合に臨むのですが、全然かなわないってことが何回もありました。

―― ふたりの性格は似ていますか?

藤田:私はマイペースって言われることが多いのですが、お姉ちゃんは気が強かったですね。あ、気が強いというか、責任感が強いというか(笑)。「長女だから、ちゃんとしなきゃ」って思いがあったんだと思います。

―― おふたりは1歳違いですが、顔は似ているって言われますか?

藤田:いえ、お姉ちゃんと弟は父似で、私は母似なんです。

―― 他にも、姉妹で異なる面はありますか?

藤田:私は食べ物の好き嫌いがないんですけど、お姉ちゃんは意外と食わず嫌いなものが多かったですね。レバーは食べられないし、鶏肉も苦手で、海鮮系も苦手なものが多いんです。北海道出身なんですけどね(笑)。

―― 逆に姉妹で似ている部分は?

藤田:う〜ん、なんだろう......。思いつかないです、すみません。

―― ちなみに、好きになる男性のタイプは似ていましたか?

藤田:いや、違いましたね(笑)。好きなタイプはかぶらなかったです。

―― おふたりはプライベートでどのように呼び合っていますか?

藤田:私は「光里」って呼んでいます。お姉ちゃんは、私のことを「美里」って。弟は照れているのか、私たちを「おい!」って呼びますけど(笑)。

―― お姉さんは、中学2年から北海道アマを5連覇しています。ゴルファーとしての姉は、どう見えていました?

藤田:「私より先を行っているな」って思っていました。成績で並んだことは何回かあったんですけど、上回ったことはほとんどなくて。ただ、不思議なのが、姉に負けてもあまり悔しくなかったんです。私の先にいるのが当たり前というか。私の目標は優勝ではなくて、姉妹でワンツーで終わることだったんです。だから、ワンツーの間に誰かがいるのは悔しくて......。お姉ちゃんが優勝して、私が2位というワンツーを常に目標にしていました。

―― 2013年にお姉さんがプロテストに合格して、ファイナルクォリファイングトーナメント(QT)で2位と6打差でトップ通過したとき、どんなことを思いました?

藤田:素直に、すごいなって。「外国人選手に絶対に負けたくない!」って燃えたそうですよ。負けず嫌いですよね(笑)。

―― 翌年、美里さんはプロテストを受けなかったのですか?

藤田:ええ、まだ早いなって思ったんです。今、受けても受からないだろうなって。

―― その後、お姉さんのキャディになった経緯は?

藤田:アマチュア時代、お姉ちゃんがプロの試合に出場するときも私が担いでいたんで、自然な流れでやったんです。「やるよ」「お願いします」みたいな会話は特になく。「私が担ぐでしょ」みたいな感じで(笑)。

―― ラウンド中はどんな会話をしていたのですか?

藤田:ゴルフに関しての会話は一切しないんですよ。いつも、まったく関係ない話をしていました。日常会話というか、女子会的なトークですね。ただ、姉妹なんでお互い甘えちゃうのか、「妹なんだから、あなたがそれやりなよ!」とか言われると、私もそれに言い返したりして、試合中に口ゲンカもしてましたね。

―― 妹だから分かる、姉の好不調のサインはありますか?

藤田:調子が良いときは、笑う回数が多く、口数も多いです。不調のときは、その真逆(笑)。分かりやすいんです。キャディで付いていても、姉はイライラしているとクラブ選択もひとりでやっちゃったりするんです。怒るというか、自分のミスに腹を立てちゃうんですよね。本人は、「やっぱりゴルフは平常心だよね」とか言っているんですけど、いやいやいやいやって(笑)。

―― 初優勝を飾ったフジサンケイレディスクラシックは見ていましたか?

藤田:テレビで見ていたんですが、感動しました。最後のバーディパットの瞬間、なぜか私、思ったんです。「あ、入る」って。そしたら本当に入って。

――勝利者インタビューも感動的でしたね(インタビュー中に「また泣きそうになっちゃった」と語ったあと、大粒の涙をこぼしたシーン)。

藤田:お姉ちゃん、普段は泣かないんです。アマチュア時代、うれし泣きも、悔し泣きも、記憶にないです。プロになって変わった部分が大きいんだって思いましたね。応援してくださるファンがいて、支えてくださる人もいて、プロだから順位がひとつ違うだけで賞金も全然違う。お姉ちゃんの涙を見て、プレッシャーがすごかったんだろうなって思いました。

―― 優勝後にどんな話をしましたか?

藤田:LINEで「おめでとう!」と送ったら、「次は美里の番だね」って返信がありました。その日、夜遅くに自宅に帰ってきたんですが、改めて「おめでとう」って声をかけて、一瞬だけ感動をわかち合いました。ただ、疲れきっていたようで、すぐに爆睡しちゃったんです。そして翌日は、また次の会場にすぐ出発していきました。

―― では、美里さんの今後の目標を教えてください。

藤田:モデルとして、ショーに出られるようになりたいです。最近、歌やギターも始めたので、音楽活動も並行してやっていければなって思っています。今は、何にでもチャレンジしてみようって。お姉ちゃんとは違う道を歩むことになりましたが、お互い刺激を与え合える関係になれたらベストですね。今は私が刺激を受けてばかりなので、これからもっとがんばります。

―― 最後に、お姉さんにメッセージをいただけますか。

藤田:「今シーズン中に、もう1勝してね!」ですね。本人は「複数回、優勝!」と言っていますけど(笑)、まずはもう1勝してほしいです。流れ的には、決して遠くはないと思います。


【profile】
藤田美里(ふじた・みさと)
1996年3月10日生まれ、北海道札幌市出身。姉の藤田光里とともに3歳からゴルフを始め、ベストスコア71の腕前。2014年に上京してモデル活動を開始。169センチ、O型。ウイングスジャパン所属。

※衣装協力/UNDER25 Samantha Thavasa

水野光博●構成・文 text by Mizuno Mitsuhiro