韓国には、朝鮮戦争後に朴槿恵大統領の父・朴正煕が米兵向けに全国に設置した歓楽街「基地村」が今も残る。ここで米兵相手に売春する女性たちはかつて「米軍慰安婦」と呼ばれ、人権を踏みにじられてきた。在日韓国人ジャーナリストのコナー・カン氏がレポートする。

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 米軍慰安婦の存在について韓国政府は、これまで肯定も否定もせず曖昧な態度をとり続けてきた。だが近年、元慰安婦の女性や市民団体、また一部国会議員の告発により、徐々にその全容が明らかになりつつある。

 2014年6月には、元米軍慰安婦122人が韓国政府を相手取り、謝罪と損害賠償を求める集団訴訟を起こした。その過程で、慰安所の凄惨な実態が詳らかにされたのである。

 16歳のころ知人に騙されヨンジュコルの米軍慰安婦となった原告の一人、金ジョンジャさんによれば、慰安婦は毎日3〜4人の米兵の相手をさせられたが、賃金の大半は店の経営者に搾取され、警察に駆け込んでも相手にされなかったという。

 なぜなら、基地村の当局者が裏で繋がっていたからだ。慰安婦は月に一度、基地村の行政府が主催する集会への出席を義務付けられていた。この場で行政府職員は「慰安婦はドルを稼ぐ愛国者」と褒めそやし、「米兵に対してさらに素晴らしいサービスをするよう」求めたという。

 米軍慰安婦が韓国政府の管理下に置かれ、売春に従事させられていたことは当時の報道や公的資料からも明らかだ。たとえば、1962年9月10日付の『京郷新聞』は、京畿道知事の朴昌源氏が在韓米軍のヒュー・P・ハリス中将らと「米韓親善委員会」を催したことを報じ、

「(基地村で働く)女性全員に対し、28時間の挺身、美容、衛生及び英会話などの教育を施し、(性病)検診を受けた女性のみに慰安行為を許諾することなど、基地村で働く女性の処遇が協議された」と伝えている。

 だが、基地村の規模が拡大するに連れ、性病の蔓延は次第に深刻な問題になっていった。これに業を煮やした米軍側は1970年代初頭、韓国政府に「基地村における性病管理の徹底」を要求した。折しも、当時はニクソン大統領がアジア全域での軍縮を打ち出した直後であり、在韓米軍の削減・撤退を恐れる韓国側はこの要求を呑まざるを得なかったという。

 当時、韓米合同委員会の韓国側幹事を務めていたギム・ギジョ氏は市民団体「太陽の光社会福祉会」の会報で次のように証言している。

「当時、米軍司令官だったベスト大佐は、米兵の休息とレクリエーションのために基地村の品質向上を要求した。米軍の継続的な駐留を望む青瓦台(大統領府)は1億ウォンの予算を投じ、議政府や東豆川、安亭里などの基地村で浄化事業を開始した。米軍の主張をほぼそのまま受け入れた形だ」

 こうして始まったのが、基地村で働く女性たちの性感染症管理を主目的とする「基地村浄化対策」事業である。

 韓国政府は直ちに動き出し、嫌疑のある女性を片っ端から保健所に連行した。検査で陽性が出た場合、女性は収容所に監禁されペニシリンによる治療が施されたが、その際、ペニシリンの過剰投与によるアナフィラキシーショックで死亡する者もいたという。

 元米軍慰安婦・金ジョンジャさんは、韓国紙『ハンギョレ』の取材に、「基地村の女性は収容所を“丘の上の白い家”と呼んでいました。(部屋の)窓には鉄格子がはまっていて、まるで刑務所のようでした」と収容所の様子を明かしている。

 なお、基地村浄化対策への韓国政府の関与は、韓国民主党の兪承希議員が2013年1.1月に公開した朴正煕大統領の直筆署名入り公文書により決定づけられているが、この動かぬ証拠を突きつけられても、韓国政府は固く口を閉ざしたままだ。

 兪議員は公文書を2012年の時点で入手、国会への提出を予定していたが、大統領選を控えた朴槿恵大統領のハンナラ党(現セヌリ党)から、「提出を見送るよう強く要請された」ことも明らかにしている。

※SAPIO2015年6月号