米ツアーの「ウエルズ・ファーゴ選手権」の会場で、オーストラリア出身のアダム・スコットがロイター通信のオーストラリア人記者に語ったリオ五輪に関する発言は、その後、世界各国へ波紋を広げている。
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 2016年8月に開催されるリオ五輪で、ゴルフは1904年以来、112年ぶりに五輪競技に復活する。そこに至るまでには、世界各国の大勢のゴルフ関係者の努力と苦労があり、その集大成がリオ五輪、そして2020年の東京五輪で花開くと期待されている。
 だが、スコットは、自分が母国の代表選手となる資格を得たら、「それはそれで楽しむ」が、出場資格を得られなくても「残念には思わない。(テレビでの)観戦を楽しむだけ」と語り、「五輪におけるゴルフはエキシビジョン。五輪に含まれる必要はない」「五輪のためのスケジューリングをするつもりはない」「五輪こそが頂点というスポーツにとっては五輪が意義深いが、ゴルフにはメジャー4大会があり、メジャー大会こそが意義深いという状況は変わらない」と発言。これに対し、英国のガーディアン紙を始めとする世界各国のメディアが「マスターズチャンピオンがゴルフの五輪復帰に対する最も手厳しい批判をしている」などと大々的に報じ、その波紋はいまなお広がりつつある。
 米ツアー選手が日々、鍛練を重ねるとき、その視線の先にあるものがマスターズをはじめとするメジャー4大会であることは確かに多い。だが、かつて9年間、米ツアーで戦った丸山茂樹は、どんなときも「目標は常にスポンサー競技で勝つこと。メジャー優勝が目標ではない」と言い続けていた。
 米ツアー選手の中で、メジャー優勝を目指す派とレギュラー大会優勝を目指す派のどちらが多いかと言えば、後者のほうが圧倒的に多い。丸山的な後者は現実派。スコットのようにメジャー優勝が目標だと豪語するのは、そう豪語できるだけの実績と実力を誇るトップ中のトップの一握りにすぎない。だがそういうトッププレーヤーたちは現実的にメジャー優勝を目標に掲げることができるわけだから、「僕の目標はメジャーで優勝すること。僕は五輪を目指して頑張ってきたわけではない」と感じたり考えたりすること自体はその選手の自由だ。
 少し前に松山英樹に五輪の捉え方を尋ねたときも、今回のスコットと似たような返答をした。「僕がゴルフを始めたとき、五輪(にゴルフ)はなかった。メジャーで勝つことを目指してゴルフをやってきた」。松山やスコットがそう感じることは、ごく自然なことであり、それはそれで構わないと私は思う。
 だが、五輪におけるゴルフの位置付けに関しては、彼らとは別の捉え方や見方をする人々が世界には大勢いる。ゴルフが五輪競技として復活する日を何よりも心待ちにしている人は大勢いる。五輪におけるゴルフ、ゴルフの五輪への復活を否定するような内容を口にした今回のスコット発言は、その意味で、大勢の人々の気持ちやこれまでの努力をも否定することになり、そこが少々、残念だ。
 今年の春、「ファーマーズ・インシュアランス・オープン」で優勝した同じオーストラリア出身のジェイソン・デイは、優勝会見でリオ五輪への意欲を語り、「スコッティ(スコット)と出られれば、僕らはグッドチームになれる。(スコットと)一緒にリオに行き、すばらしいショーを披露するのが今から楽しみでたまらない」と言った。
 オーストラリア出身で、スコットやデイの大先輩にあたるグレッグ・ノーマンは、ゴルフを五輪競技に復活させるために長年尽力してきた代表的な存在だ。
 スコットは、そういう人々の胸の内をもう少しだけ気遣うべきであっただろう。トップ中のトップに数えられるプレーヤーだからこそ、責任も影響力も大きいということを、今回のスコットは少しばかり忘れたまま発言してしまったように感じられる。
 夢を膨らませながらゴルフクラブを振る人々。その夢は決して1種類ではなく、それぞれが素敵な夢である。リオ五輪に想いを馳せる人々の夢も、その1つであることを忘れてほしくない。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
<ゴルフ情報ALBA.Net>

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