ハリルホジッチ監督が選手に提示したスタイルは、「縦に速いサッカー」である。パスをドンドン縦に入れて、速い展開で相手を崩してゴ−ルを奪う。それをどうやって確立しようとしているのだろうか――。ジーコ、イビツァ・オシム、岡田武史、アルベルト・ザッケローニと、歴代の日本代表監督に招集され続けている今野泰幸ガンバ大阪)が語った。

「今は、縦にボ−ルを入れる意識付けをしています。『Jリーグはスピードがないし、横パスやバックパスが多い』と言われたんです。確かにバックパスは相手のプレッシャーがなくなって落ち着ける時間ができてラクなんです。でも、やっぱり縦に入れないと攻撃が始まらない。相手を崩すことでもできないし、点を取ることもできない。

 ザッケローニ監督の時は『サイドチェンジを1回したら絶対に縦へ入れろ』と言われていましたけど、今はもっと厳しくて『ボールを取った時、失敗してもいいからとにかく縦に入れろ』と言われる。縦に入れられる時に入れないと怒られますね」

 縦への攻撃は、ボールを奪って縦に入れるだけでは完結しない。受け手との意志疎通があって初めて成り立つものである。となると、出し手だけではなく、受け手にもいろんなことが求められるはずだ。

「前線の選手は『ボールを引き出す動きをしろ』とか、『裏に抜ける準備をしておけ』と言われます。中盤の選手は、ボールを取った瞬間、前に出すのを躊躇すると『前を見られただろ』と怒られる。とにかく縦を徹底している。ゲーム方式の練習でもタッチ数を制限しながら『縦を見ろ』『縦を意識しろ』と言われるけど、簡単にできるものじゃない。だから、紅白戦をすると両チームになかなかゴールが生まれないんです。縦にポンポン入れようとすると、パスがズレたり、うまく3人目を使えなかったり、ミスが生じたりするのですごく難しいですね」

 縦への意識付けは重要だが、試合は常に動いている。奪った後の自分の姿勢や状況で縦に出せない時もあるはずだ。また、相手がその縦パスを読んでいたり、相手の守備が整っている時、リスクを避けて横パスやバックパスでやり直すことも出てくるだろう。そういうプレーを選択した時、監督はどう反応するのか。

「練習をしている時ならパッと止めて、すごく怒りますね。チュニジア戦の時、僕のところにボールが来たんです。ちょっと戻りながら受けたので相手選手もついてきた。これで左サイドバックの藤春(廣輝)に出しても困るだろうなと思ったので、ターンして横パスを出したんです。その時はまったく分からなかったんですけど、家に帰ってビデオを見たらそこで監督がめっちゃくちゃ怒っていたんです。『なんで縦に出さないんだ!』という感じで。その時は勝っていたし、残り時間も少なかったので、そんなに怒られることじゃないと思っていたけど、監督が怒っているのを見ると、パスは前に出さないといけないとあらためて強く思いました」

 縦に入れられる状況であれば、常に縦パスを狙う。ここまで徹底しているのであれば、起用される選手のカラーも明白だ。縦に速いサッカーを完成させるために選手が求められているものは何なのか。

「ポジションによって多少違いますけど、全体的に求められるのは世界のスタンダードです。たとえば、スピード、運動量、判断、高い技術はもちろん、ボールを奪うだけではダメで、奪うプラスいかに前の選手にボ−ルを出せるか、いかにゴールに近い選手にパスを出せるか。

 守備に関してもただ前向きにプレッシャーに行くのではなく、コースを切ったり、ひとりでボ−ルを奪い切る力も必要になってくる。合宿ではチャンピオンズリーグのバルセロナのビデオを見せられたんですけど、イニエスタが取りに行って、そこでダメでもすぐにブスケツが取りに行く。そういう守備ができればいいなと思いますし、それくらいの守備を求められている。世界のスタンダードが基準というのは簡単ではないけど、目指さないといつまで経っても世界に追いつけない。監督は本気でそれを実現しようとしているので妥協がない。だから、僕らも真剣に取り組んでいるし、みんな高みを目指しています」

 求められるハードルは非常に高いが、個々のポジションについてはどうだろう。ボランチへの要求は、過去の監督とは何か大きく異なるのだろうか。

「相手のシステムや選手の力関係によって求められるものが違ってきますけど、ウズベキスタン戦は相手のトップ下が前に出て2トップみたいになっていて、センターバックがそのふたりに対応していたんです。そうしたら監督は心配になったのか、『(香川)真司を後に戻して、今野は1ボランチに入れ』(※)と言われました。あまりうまくいかなかったですけど......。試合中のポジションチェンジはよくあることなので珍しくはないけど、目についたことはすぐに言いますね。でも、そうやって監督の指示にうまく対応していく能力は必要です」

※4−2−3−1から4−3−3に布陣を変更して、香川がインサイドハーフに入り、今野がアンカーのポジションに入った

 だが、縦への攻撃だけでは強豪チ−ムは倒せない。監督の最終的な狙いはどこにあるのか。

「たぶん、監督は縦に速いサッカーを軸に遅攻、ショ−トカウンタ−など、いろんな攻撃を織り交ぜていくことを考えていると思います。ただ、サッカーは状況に応じて取捨選択するのが難しいので、まずは縦のパタ−ンを確立する。そうして選手の共通理解を深めていくと、今何をすべきか理解できるチ−ムになる。それができるのが強いチ−ムなので、監督もそこを目標にしているんじゃないかなと思います」

 5月の2日間の合宿でもそうした縦への意識づけと3人目の動きを要求する練習をこなしていた。まだ全貌がつかめないが、選手はハリルホジッチのサッカーに何かしらの手応えを感じているのだろうか。

「ボ−ルを取って縦に入れる練習をしていますけど、そこから全体を押し上げてボランチが飛び出していくとか、そういうところまでは進んでいない。ハリルホジッチ監督のサッカーはシンプルだけど高度ですし、走りながらの対応をしっかりしないといけないので、そんなに早く浸透しないと思います。そのサッカーで勝てるかどうかもまだ分からない。

でも、うまくハマれば日本人の良さがすごく出せると思うし、勝ち負けに関係なく、ファンに熱いものを見せられる感じがしますね。仮に負けたとしてもやるべきことはやったと拍手してもらえるような」

「熱さ」は今後、ひとつのキーワードになるだろう。ブラジルW杯でも日本代表の試合はどこか淡々としていて熱さに欠けていた。ピッチからそれを発するようにならなければ見ている側には伝わらないし、相手にも勝てない。ハリルホジッチがよく言う「球際に厳しく」というのは、それ自体を強くする意もあるが、「気持ちを出して戦え」というメッセ−ジでもあるように思える。

「僕は、これまでの日本代表とは違った姿を見せたいし、それができないとファンも納得しないでしょう。『新生ジャパン』と言われるような、面白くて強いチ−ムを作っていきたい」 

 選手の意識とモチベ−ションをこれだけ上げられる監督はなかなかいない。6月からロシアW杯2次予選が始まるが、果たしてハリルホジッチの日本代表は、ブラジルW杯惨敗とアジアカップ敗退で失った自信と強さを取り戻せるだろうか――。

佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun