1970年代、伝説のヒッピーコミューン「Source Family」とその生活を記録した写真

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ヒッピーカルチャーの影響を受けた偉人は多い。スティーブ・ジョブズを初め、ビル・ゲイツ、バラク・オバマ、ビル・クリントン、アル・ゴアなどなど…。

日本でもビジネス書「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」が話題になったりと、何かと注目を浴びることも多くなってきた文化だ。しかし、実際にヒッピーとはどんな人で、どんな生活をおくっていたのだろう?

「HIGHER PERSPECTIVE」では、ヒッピーコミューン「Source Family」の当時の生活を記録した貴重な写真や物語が紹介されている。ムーブメントの雰囲気がどんなものだったのかを感じられる貴重な資料だ。映画『The Source Family』が公開している動画と合わせて紹介したい。

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60年代から70年代にかけて、ベトナム戦争から帰り、社会に不満を持つままに生きていた人々は、母国にさえ招かれざる客として扱われ、どうしようもないモヤモヤを抱えていた。

学生、仕事のない人、社会的な平等を得られない人、差別と不平等に憤りを感じる人。何とかしようと同じ意志を持った人々が集まり、行動を起こした。

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様々な問題が重なり、ヒッピームーヴメントは生まれ、数々のコミューンを形成した。農村に住み、アメリカの都市の喧騒から離れて生活を送った。自分たちの心に従い、精神世界を探求した彼らの話を、カンザス大学のティモシー・ミラー教授はこう語った。

「神秘的で直感的なところへと原点回帰するべき時だったんだ。産業よりも農業へ。プラスチックよりも自然へ。合成物よりもオーガニックのものへ」

コミューンはそれぞれに違った個性を持っていた。いくつかはとても宗教的であり、地球を意識する団体もあった。ドラッグを使う者もいれば、そうでない者もいた。コミューンごとにカルチャーがあったが、その中でも最も異色だったのが「Source Family」だ。

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彼らはFather Yodの名でも知られるJames Edward Bakerがスピリチュアルリーダーとして存在していたコミューンで、ロサンゼルス初のベジタリアンレストランをオープンさせた「企業」でもある。そのライフスタイルや、長髪や髭など、特徴的なルックスでよく知られるようになった。

Father Yodは、1977年にハンググライダーの事故でこの世を去り、彼の死と同時に、コミューンはバラバラになっていった。ここで紹介するのは、彼らがまだ一緒に生活をしていた頃の写真の数々だ。

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当時の人々は、ヒッピー時代の生活を天国や楽園と形容する。ドキュメンタリー映画にもなっているが、現代の人々にとって彼らの精神性や生活のスタイルはどう映るのだろうか?

Reference: Eternal Now

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