ドンキホーテ会長兼CEOの安田隆夫氏

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 ドンキホーテHD代表取締役会長兼CEO・安田隆夫氏が65歳にして引退を発表した。関連会社も含め全ての取締役を後進に委ねるという。「安売りの帝王」と呼ばれ、売上規模は6000億円を誇るドン・キホーテの成功の秘訣は何だったのか? 安田氏と交流のあるジャーナリスト・藤吉雅春氏が迫る。

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 安田はドンキを立ち上げたばかりの時、卸問屋と担当店員にこんな指示をしたことがある。

「一週間後、お客様がこの商品棚の前で10分間立ち止まるようにしてください」

 担当者たちは毎晩知恵を絞った。まず、客の目を釘付けにするため、大量の商品を天井から床まで並べて、その一部に目に留まるような笑えるアイデア商品を置いた。それを見た後、全体を眺めまわせるような構成にした。POPには「こっち」「あっち」と指図するよう書き、宝探しの感覚を取り入れたのだ。

 暖簾があれば人間は先を覗きたくなる。トンネルのようにネットが頭上に張ってあると、人間はくぐりたくなる。人の心をくすぐる売り場。それが、単にモノを売るのではなく、非日常的な空間と時間を消費する場にしていったのだ。つまり、彼は「売る」「買う」というそれまでの小売りの概念そのものを壊したのだ。

 壊したのは、マーケティングでも戦略でもなく、安田が抱えた人間への探求心。この一言に尽きる。こうした感性は、言葉の通じない世界での体験も大きかったかもしれない。

 彼はアフリカ、アマゾン、ニューギニアなど世界の秘境を一人でよく旅をした。電気もない世界で、原住民と寝食をともにするには、まず子供たちと仲良くなることだという。そうすると、子供の母親や祖父母が近づいてくる。こうして言葉が通じない人々の気持ちを理解していった。

 しかし、時代は変わり、総合スーパーやデパートは軒並み不振に陥っている。「買う」概念を壊した安田を上回る勢いで、ネット販売が世界を凌駕しつつある。

「それ以前に、物欲に対して社会全体が希薄になっています。何か欲しいものは? と人に聞けば、『彼女』とか『暇』というが、モノについては『別に』と言う。昭和にあったモノへの飢餓感がなくなった」

 では今のお客様が本当に食品や消耗品しか買わないかといえばそうではない、と安田は続ける。

「モノを聞くから『いらない』というだけであって、『気持ちいい』とか『楽しい』のように、心を豊かにしたいか、と聞けば誰だって『したい』と答えるでしょう。その気持ちをモノに繋げることができていない。その気持ちを結びつけるのが我々の仕事だと思う」

※SAPIO2015年6月号