書店員が選んだ「この作品のここに注目!「○○」がすごい3冊」(1)
世の中にはあんな本やこんな本、いろんな本がある。そのテーマも十人十色。「感動したい本が読みたい!」「思いっきり怖い本を味わいたい」と思っても、 どんな本を選べばいいのか分からない! とお悩みの方も多いはずでは?
そんなときにあなたの味方になるのが書店員さんたちだ。本のコンシェルジュとしてあなたを本の世界に誘ってくれる書店員さんたち。
彼らに、テーマごとにお勧めしたい本を3冊答えてもらうのが、この「わたしの3冊」だ。

4年ぶりの復活となる今月のテーマは「この作品のここに注目! 「○○」がすごい3冊」。
「○○」は書店員の方に設定していただき、「これはすごい」と思う3冊をピックアップしていただいた。今回の選定者は中目黒ブックセンターの佐藤亜希子さん。「○○」に当てはめた言葉は「鳥肌」だ!

 ◇     ◇     ◇

1)『ふたり狂い』

 今回、特集のテーマである“○○がすごい!”の○○部分を自由に決めていいとのことだったので、店のスタッフに相談しつつ、鳥肌に決めたので(冷静に考えてみると鳥肌がすごい作品とはどんなものなのか皆目見当がつかないが、そこらへんは雰囲気で伝わってくれることを願う)、せっかくだし、鳥肌が立つ理由の種類が違う3作品を紹介させていただこうと思う。

 一作目は、真梨幸子さん著の『ふたり狂い(ハヤカワJA文庫)』。真梨さんの著作で2011年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動(徳間文庫)』は、50万部を超えるベストセラーとなり、今ではジャンルのひとつとして確立された、嫌な読後感が残るミステリ、通称“イヤミス”作家としてその名を知らしめた代表作でもあるが、私が初めて読んだ真梨作品は『ふたり狂い』だった。
 本作は、著者初の連作短編集である。女性誌<フレンジー>に掲載されている連載小説「あなたの愛へ」。その同姓同名の主人公を自分だと思いこんだ川上孝一が、著者の榛名ミサキを刺すという事件の公判から物語は始まる。エロトマニアやカリギュラなど、その章を暗喩する単語が付けられた物語は、ひとつずつのページ数が少なく、まるで一話30分のドラマを見ているような感覚で読み進めることができる。ただ、そこは真梨作品。感動的なドラマではなく、あくまでドロドロとした昼ドラであることだけは忘れないでほしい。
 事件の概要と真相が明らかになったかと思わせた直後、ラスト一行で、え?と呟かずにはいられない衝撃を与えて、第一章は唐突に終わる。ここでそわっと鳥肌が立つのだが、それを発端にして引き起こされる異物混入事件や連続殺人事件など、連鎖する事件の数々から目を離せず、どの章にも秀逸なオチがついているものだから、短いながらもひとつのストーリーで充分な満足感を得られる。さらに、全ての事件の背後にいるマイコという女性の存在が気になって、読みだしたら最後、ページをめくる手を止めることができなくなる。
 その勢いのまま辿り着く、感応精神病、あるいは二人狂いの意味を持つ、フォリ・ア・ドゥと名付けられた最終章で、バラバラに起こっていた事件が全て繋がる。その瞬間、物語がひとつの世界へと収束していくときの感動、一章を読み終えたときに抱いた感情が真逆のものへと変換される驚愕に、立毛筋が急激に反応し、全身に鳥肌が立つ。温かい涙が零れる類のものとは違う感動で起こる鳥肌は、ヒヤッとしていて、身体だけではなく心も震わせてくるのだと思い知らされることだろう。
 読みやすい、けれど真梨幸子さんの毒を存分に味わえる本書は、真梨作品の入門書として最適だと思う。未読の方はぜひお試しあれ。

『ふたり狂い』
著者:真梨幸子
出版社:早川書房
定価(税込み):756円

2)『ハナカマキリの祈り』

 美輪和音さんをずっと応援している。2010年、『強欲な羊(東京創元社)』で第7回ミステリーズ!新人賞を受賞し、2012年に同タイトルの連作短編集で作家デビューを果たされた美輪さんは、大良美波子名義で映画『着信アリ』シリーズなどのシナリオを手掛けられた脚本家でもある。美輪さんの作品には、背筋をぞわぞわとさせる、おどろおどろしい空気が終始漂う。その空気感にまんまとやられたのが、そう、私だ。
 『ハナカマキリの祈り』は、著者の二作目の作品で、初の長編となる。監禁事件の被害者という過去を持ち、事件から10年以上が経った今も癒えない傷を抱えながら生きている女性・不破真尋。新興宗教にのめり込む母、セクハラ行為を行う上司、噂の種として嘲笑う同僚たちと、彼女の日常に心を休ませる場所は存在しない。それに加え、まもなく出所する監禁事件の犯人・ネロの影に怯える真尋の前に、ある日、矢向いづみという、麝香の香りを纏った美しい女性が現れる。インバウンド(=訪日外国人旅行)専門の旅行会社を起こすために、元いた会社を辞めたと語るいづみの強さに惹かれつつ、ふとした瞬間に浮かぶ翳りのある表情に、自分の持つ過去と同じ匂いを嗅ぎ取った真尋は、次第に彼女へ心を開いていく。真尋にとって、猫のようにするりと心の中に入り込み、暗い地の底に沈んだ自分をも引き上げようとしてくれるいづみは、まさしく太陽のような存在だったのだろう。だが、彼女の仕事を手伝うことを約束し、真尋の閉じた世界に少しずつ光が差し込み始めた矢先、検察庁からネロの仮釈放に関する通知が届き……、というのが序盤のあらすじである。
 このあと、本作の主人公である真尋には、どんどんと追い詰められ、出口を探そうともがけばもがくほど現実に違和感が生じ、信じていたものがガラガラと音を立てて崩れていくというドSな出来事が山ほど待ち受けている。ひとつの疑問が解消される前に、また新たな謎が生まれるスピード感のある展開とは裏腹に、ひたすら丁寧に綴られた描写に、焦らされ、翻弄され、読めば読むほど真綿で首元をじわじわと締め付けられているかのような息苦しさを覚える。
 やがて真実へと達した真尋が取った行動の先に広がるラストシーンは、今まで辿ってきた物語の暗雲とした空気を払拭してしまうほどに美しい。と感じるのは、ほんの数秒のことで、残り3ページに浮上した感情が崖下へと叩き落される衝撃的な真のエンディングが待ち構えている。油断させて落とすという作品は世に多く存在すれど、真相に辿り着くまで焦らしに焦らされた本作では、その効果がより際立っており、目にしたばかりの綺麗な風景を瞬時に覆されたときの肌の粟立ちを抑えずにはいられない。
 などと偉そうに書いているが、この解釈は合っているのだろうか。私が覆ったように感じているあのラストシーンは、本当は美しいままだったのではないか。本作を読んでから、もう大分時間が経つというのに、未だに考え続けている。こんな風にごくごく自然に私の現実へと物語が浸食しているという事実にまたもや鳥肌が立ち始めてきて、両腕がちょっと気持ち悪いことになっている。

『ハナカマキリの祈り』
著者:美輪和音
出版社:東京創元社
定価(税込み):2052円

3)『赫眼』

 書店で働き始めてから7年くらい経つが(もっとかもしれない)、面接を受けたときに「好きな作家は誰ですか?」と聞かれ、「三津田信三さんです」と即答した記憶がある。当時の店長は何故かその一言で、こいつは本をよく読む奴と判断し、私を採用してくれたようなのだが、それは錯覚というもので、あの頃の私は気になったホラーや怪奇小説をちょこちょこ読む程度の人間で、とてもじゃないが本をよく読む奴ではなかった。そして7年経った今、あの頃以上に本を読んでいない私がここにいる。反省したい。
 私が初めて読んだ三津田作品は『作者不詳 ミステリ作家の読む本【上・下】(講談社文庫)』のノベルス版だった。ノベルスの刊行が2002年、それから13年間、三津田さんが好きなのかと思うとなかなかに感慨深い。
『赫眼(光文社文庫)』は、ホラーとミステリの融合と謳われることの多い三津田作品の中でもホラー成分の高い作品が、掌篇を合わせると計12編も収録された短編集だ。8編の短編には“三津田信三”自身が怪異に遭う、もしくは私たち読者を怪奇の世界へと引きずり込む導き手として存在しているメタ要素、明かされた瞬間、思わずぞっとする、ここぞというタイミングで使われるアナグラム技法、特徴のある粘り気のある擬音など、三津田節とでもいえる手法がふんだんに使われている。それについては文芸評論家である日下三蔵氏の解説に事細かく書き記されているので、ぜひそちらを読んでいただきたい(私が説明すると魅力が半減どころの騒ぎではなくなる)。
 先にホラー成分が高いと書いたが、ミステリ成分と程よくブレンドされた作品もあれば、死相学探偵シリーズの番外編があったり、他の三津田作品を読んでいる者には、ついにやりとしてしまう名前をちらほらと見かけることもできる。また、著者はおまけと書いているが、そうと呼ぶにはあまりにも怖ろしい書き下ろしの掌編実話怪談が4編も収録されており、短編集といえど三津田ワールドをこれでもかというほど堪能できる、贅沢極まりない一冊なのだ。
 本作品集に収録されている『よなかのでんわ』を読んだときの恐怖を私は未だに忘れられない。――あのとき。実家へと帰る電車内で、ドアにもたれかかり、本書に目を落としていた私は、正直そこまで熱心に文字を追っていなかった。会話文のみで構成された物語に油断していたというのもあるのかもしれない。窓から差し込んでくる光に時折、目をやりながら機械的に次から次へとページをめくる。その感情のない動作を繰り返し、とあるページをめくった瞬間、足元から頭の先まで、ぞぞぞわっとものすごい勢いで寒気が走った。まるで大量の蟲が駆け抜けていったようなそのおぞましい感覚は、私の全身にはっきりと見て取れる鳥肌を立たせただけではなく、今でもあのときのことを振り返るだけで、全身を走り去った冷たい温度と肌を覆うプツプツとした嫌な感触が鮮明に蘇ってくる。
 唐突に現れる恐怖は、油断していればいるほど、味わいが深くなる。恐怖だけではない。身構えて挑んだ先に、鳥肌が立つほどの感動も驚きも存在しやしないだろう。だから、ラストで今までの話が覆るだとか、あるページをめくった瞬間ぞっとするだとか、本来は声高に言うべきことではないのだ。そう頭では理解しているのに、お客様に作品の魅力を伝えるために一種のネタバレをしなくてはならない書店員とは、実に因果な商売だなぁとせちがらくなったところで終わろうと思う。
 どうか貴方にも素敵な鳥肌本との出会いが訪れますよう。

『赫眼』
著者:三津田信三
出版社:光文社
定価(税込み):575円

 ◇     ◇     ◇

【今回ご協力いただいた書店】
■中目黒ブックセンター

地区最大の書籍を取り揃えており、夜11時まで営業しているので、帰宅の際にも気軽に立ち寄れる書店です。書店員さんの気合いの入ったPOPは見どころの一つ!
住所:東京都目黒区上目黒3-7-6
TEL:03-3792-1212

■アクセス
東京メトロ・東京急行電鉄中目黒駅より徒歩1分

■営業時間
11:00〜23:00