18日、アイスショーの『THE ICE2015』開催発表会見で現役続投を発表した浅田真央。しかし、現時点で乗り越えるべき試練は多い。まず練習拠点を海外へ移すことだ、との声も。

「厳しい言い方ですが、高齢の佐藤信夫コーチの下で、五輪のメダル争いは難しいでしょう。クラシカルな指導に定評はあるものの、教え子の1人、小塚崇彦もまた世界の壁を破れずにいる。やはり羽生を世界王者に導いたオーサーなどと比べると、技術面や演技構成面などのレッスン内容で見劣ってしまう。でも、語学が苦手な真央ちゃんは、過去にタラソワコーチとの確執が伝えられ、外国人コーチにアレルギーを持っているんです」(フィギュア関係者)

さらに、浅田のモチベーションを心配する声も。

「真央ちゃんは、ファンの現役続行への期待感をヒシヒシと感じているんです。例えば、ドリカムの復帰応援ソング『AGAIN』でも歌われている“笑顔”。実はその笑顔の向こうでプレッシャーと戦っている。ジュニアのころから、みんなの声援に応えようという思いが人一倍強いタイプでしたからね。“ハーフ・ハーフ”と言い続けてきたのも、辞めたいという気持ちとの間で、ずっと揺れていたからだと思います。平昌まであと3年、その思いが途切れないように連盟にサポートしてもらいたい。ただ、内部でお金と権力争いが目につく今、期待はできませんが……」(テレビ局関係者)

となると、浅田が平昌五輪へ向け、モチベーションを保つ最後の砦はひとつしか残されていない。早くに他界した母・匡子さんとの絆だ。

「真央ちゃんのスケートの原点は、お母さんに“うまく滑ってほめられたい”という思いでした。今まで彼女を突き動かしてきたのは、その思いの強さ。今も、仲よしの姉と信頼のおけるマネジャーさんがついているけど、母親代わりにはなれないでしょう。見かけ以上に頑固一徹の真央ちゃんの気持ちをほぐし、導ける唯一の存在が母・匡子さんでした」(浅田家と親しい方)

‘11 年12月に亡くなった匡子(きょうこ)さん。その半年前に生前最後となるインタビューに応じ、『週刊女性』だけに真央ちゃんへの思いを語っている。最愛の母はファンの応援のありがたさを娘に説き、ソチ五輪後をも案じ、こう話していた。

「真央には社会のことをもっと知ってほしい。自分がいかに多くの方々に応援してもらっていたかということに気づくと思うし……。自分のスケートでどれだけの人に感動を与えられるかということを知ることがソチへの課題だと思う。それができたら、ゼッタイに金メダルをとれると思うの。真央と約束したんだから。必ず真央はよくなるわよ。ソチのとき、あの子はまだ23歳。もしかしたら、もう1回オリンピックに出るって言うかもしれないわ。私も楽しみにしているんだから(笑い)」