丸藤正道さん

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[PR]ゴールデンウィークも明け、新しい環境に慣れ始めて、どのように頑張り、自分自身を出していこうかそろそろ考え始める時期でしょうか。

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そんな頑張るみなさんを、挑戦するみなさんを応援するために、「初恋の味」のキャッチフレーズや「甘ずっぱい青春」をテーマに、コミュニケーションを展開している「カルピス」ブランドが始めた企画「ゲンエキインタビュー」。

第1回目である前回は、声優・内田真礼さんにお話をうかがって来ましたが、今回は、「方舟の天才」や「空飛ぶ天才児」などの異名を持ち、プロレスリング・ノアの副社長でありながらゲンエキ[現役]プロレスラーでもある丸藤正道さんにインタビューさせていただきました。

取材・構成:宮崎祐貴・織田上総介

職業としてのプロレスラー


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━━プロスポーツ選手でもあり、経営者としても活躍する丸藤さんは、今どういったお仕事をされているのでしょうか?

丸藤正道(以下、丸藤) うん、プロレスです(笑)。

━━そうですよね……! プロレスにおいてご自身が試合に出場されるほか、会社の経営などいろいろな関わり方をされていますよね。

丸藤 18歳からプロレスを始めて、18歳でプロデビューし、いろんなことを経て、現在はプロレスリング・ノアという会社の取締役副社長という立場から、リングの上と会社の内部で動いている状態です。

18歳から今に至るまでプロレス以外の仕事をしたことがないんです。バイトをしたこともないですね。高校の頃はレスリングをやっていたので、休みはほぼなかったですし、そもそも学校も基本的にはバイトが禁止でした。

━━高校生でレスリングをされていたとのことですが、レスリング部へ行こうというきっかけは何だったのでしょうか?

丸藤 中学生の頃に今後の進路を考えるにあたり、何を目的として高校に行くかを考えた結果、将来の職業としてプロレスがありました。

プロレスという職業について詳しいことを知っていたわけではないのですが、プロレスの世界に入る上で、高校生活でできることは何だろう? と考えた時に「レスリングはやっておいたほうが良いだろう」と思いました。

そのためレスリング部のある学校を選び、進学し、高校1年生から3年生までの3年間をレスリングに捧げました。

━━高校生の時はレスリング部に打ち込んだ丸藤さんは、中学生の頃の部活は何をされていたのですか?

丸藤 中学生の時はバスケ部に所属していました。根拠がある話ではないのですが、バスケで膝に刺激を与えて背を伸ばしたかったのです(笑)。

━━身長を伸ばして「カッコ良くなりたい」という思いだったのでしょうか?

丸藤 カッコいいというよりは、プロレスラーって「背が高い」や「デカい」というイメージがあると思います。

将来的に自分がそのイメージのようなプロレスラーになりたいという気持ちが根底にあったことからバスケを始めました。

若い頃の”しごき”が今を支えている


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━━先ほど中学生の頃から「プロレス」を職業として考え始めたとお話されていたのですが、そもそもプロレスというものを認知したのはいつ頃でしょうか?

丸藤 プロレスに対して何かを思うようになったのは小学生の時ですね。小学校2年か3年の時に、兄が持っていたプロレス雑誌の表紙がカッコ良くて、それに衝撃を受けてプロレスを知りました。

━━それは肉体美的なところに対して感銘を受けたのですか?

丸藤 外国人レスラーで「ロード・ウォリアーズ」という2人組がいたのですが、頭がモヒカンで顔にペイントし、体がめちゃくちゃマッチョなんです。

そのレスラーたちを見た時に「こいつら、何なんだ。同じ人間なのに……」と、その圧倒的な存在感に心が惹かれ、プロレスの世界に興味を持ち始めました。

それから時が経ち、中学生の進路相談の際に三者面談で、「将来、プロレスラーになりたいので、レスリング部のある高校に行きたい」と先生に言いました。ただ、その時は進路相談の先生にあしらわれてしまったんです。

なぜなら当時の僕は背が低く、体も細かった、ただプロレス好きな青年だったので。

━━中学生の頃、細かったのですか?!

丸藤 僕、もやしっ子でしたもん。そこから体が大きくなったのは、高校でレスリングを始めて、本格的なトレーニングをした頃からですね。

━━なるほど。そこからレスリング部でプロレスラーとしての下地をつくっていき、高校を卒業、プロレス団体へ入門してプロデビューをしたのですね。プロデビューする際に苦労したことはありませんでしたか?

丸藤 苦労ってわけでもないのですが、普通、プロレスの世界に入る前に入門テストというものがあります。会社でいうところの入社試験みたいなものです。

その入門テストを1日受け、面接を経て入門する流れなのですが、自分の場合はちょっと違って、高校3年生の時に知り合いを通じて1週間、プロレス団体の合宿所にぶち込まれました。

1週間、雑用や練習をして耐えることができれば入門していいよ、とそこの団体の方に言われました。練習や雑用は辛かったのですが、プロレスの世界に一歩踏み込めた嬉しさのほうが辛さを上回っていました。

また、高校のレスリング部の練習もかなり厳しかったので、合宿所の練習を終えて辞めたくなるような、心が折れるようなことはなかったです。その点に関しては高校でしっかりやっていて良かったなと思います。

━━365日、毎日練習だったのでしょうか?

丸藤 そうですね……それに近い感じ状態でした。修学旅行で楽しかった思い出も吹っ飛んでいます(笑)。

仕事を”辞める人”と”辞めない人”の違い


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━━プロに入り、デビューしていく中で、思い出として残っていることはありますか?

丸藤 今の時代の子たちはそんなことはないのですが、当時、デビュー前はほぼ外出も許されない状態でした(笑)。

━━それはなぜですか?

丸藤 何のためにこの世界に入ってきたのかを考えると、プロレスをするために入ってきたのであって、「プロレス以外のことをする必要がないよね」という状況でした。

ただ、絶対に外出できないというわけでもなく、日曜日は練習が休みなのに外出はできなかったのですが、土曜日の夜に先輩たちが日曜日を快適に過ごすための買い出しとしてコンビニに行かせてもらいました。

そのコンビニに行く往復の時間が自分だけの時間でしたね(笑)。

━━そうした状況だと、すぐに辞めちゃう人も多そうですね。

丸藤 そうですね。年間、何十人と入ってきても1,2日で辞めてしまうので……。練習の大変さもあるのですが、雑用や精神的な部分で心折れてしまう子が多いですね。

━━プロレスを辞めていく人と辞めない人の違いはなんでしょうか?

丸藤 プロレスに対する純粋でアツい想いがないと、プロレスを続けることは絶対に無理ですね。

新人として入ってきたばかりの時に、練習についていけないのは当たり前で、それは全員が経験しながらデビューしていくことなので、やれば誰だってできるんです。

ましてや団体に入門できない人たちもいる中、やっとこさ入ってきた上で1日やそこらで逃げちゃうのはもったいないなと思います。

その日できなくとも、1週間後にはできているかもしれないし、1ヶ月後には余裕でこなせているかもしれないのに……。

だから、履歴書の備考欄にカッコいいことを書いている人については、僕、全く読まないですね。

「僕がプロレスの世界を変えます!」とか「絶対にデビューしてプロレスを良くする」とか、アツい言葉を書いてくる人がいるんですが、ほぼほぼダメです。

アツい言葉で語るのは良いですし、大事なのですが、それは自分自身に言い聞かせているだけであり、その言葉がリアルじゃない子が多すぎるんです。

━━しっかりと何かをやりきる人は、喋らない人のほうが多いイメージです。

丸藤 そうですね。そういう人は書いてあることも謙虚です。「今の自分ではダメかもしれないけど、こう頑張って、こうなります」くらいの子のほうが残ったりします。

仕事に飽きないためのちょっとした工夫


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━━入門されてから謙虚に、地道にやり続けた結果、17年間リングに上がり続けることができている丸藤さんが、継続していくためのモチベーション維持として普段どんなことをされているのでしょうか?

丸藤 そもそも僕には「続けられた」という考え方がなく、プロレスラーになりたくてなりましたし、プロレスをやれていることの幸せでいっぱいです。それがモチベーションといえばモチベーションではありますが。

あとは、自分のプロレスを見て喜んでくれる人や、「勇気をもらった」と言ってくれる人がいるだけでプロレスをしている意味がありますね。

「痛い」「辛い」といった感情は、俯瞰してプロレスを捉えた時にかなり下の部分にある感情になります。

━━そうなのですね。そういったファンの思いに応えるためには、最高のパフォーマンスを出し続ける必要があると思いますが、それを達成するために意識していることはありますか?

丸藤 まずは、当たり前のことを当たり前にすることです。それは僕らの世界では練習。次に、1つの狭い世界だけを見ていても得るものは小さいと思うので、なるべくいろんな職種・業種の方々と会って刺激をもらうようにしています。

何もなしに10何年間やっていても飽きてしまいますし、自分が飽きてしまうと、それを見ているファンの方も飽きてしまうと思います。

挫折は飛躍へのジャンプ台


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━━そうした考えを持ちお仕事をされているのですね。では、お仕事をされる中でさまざまな挫折があると思うのですが、丸藤さんはこれまで挫折したことはありますでしょうか?

丸藤 ありますね。挫折という点では大きな怪我を何回かしていて、だいたいが「これから行くぞ!」と気合いの入っていた矢先のことでした。

一番最初の怪我の時は、GHCジュニアヘビー級のチャンピオンの時で、膝のじん帯を切ってしまいました。

そうした大きな怪我をする時に限って、自分がスランプのことが多いんです。それが例えチャンピオンの時だったとしても。

━━挫折からどのようにして復活するのでしょうか?

丸藤 まず挫折時にいろいろ考えを巡らし、整理して1回リセットしています。

そこから、基本的に自分はポジティブかつ目立ちたがり屋であり、「ヒーローは遅れてやってくる」を体現するくらいの勢いで、「リングに絶対に戻る」という気持ちと、そこに対する自信を醸成しながら復活していきますね。

そしてリングに戻る時は、欠場する前より何かを得てから戻って来ないと、見に来てくれた方々をがっかりさせちゃうので、そこもしっかり考えながら戻るようにしています。

━━挫折においてスランプが1つのキーワードとしてあると思うのですが、何をもってスランプと捉えているのでしょうか?

丸藤 スランプの時は試合をしても面白くないんですよね。体が動かないといった肉体的なことではなく、感情的なところです。

面白くないと感じる時、自分自身に飽きてしまっている時期に結構大きな怪我をしています。

プロとしてやっていく確信はない。でも自信はある


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━━プロレスの世界にはいろんな団体や選手がいると思うのですが、そのなかで「自分がこの世界でやっていける」と思った時はどんな瞬間ですか?

丸藤 確信はないけれども、プロと名がつくものになったからには自信を持ってやらなければならないし、自信すら持てないのであればやらないほうがマシだと思っています。

自分は過剰と言われるかもしれないけれど、「常にやっていける」という自信を持ちながら働いています。それは練習生の時からですね。

だから、「これをきっかけに確信した」といったものはないです。もともとあった自信を積み重ねていっただけです。

その自信も持つのは人の自由ですし、それが現実になるかは別として、自信を持っていないと向上心につながらないと思います。

━━その自信を支えているものは練習なのでしょうか?

丸藤 そうですね。自信を積み重ねるための日々の練習だと思いますし、ある種、練習は自分たちにとっては酸素を吸っているのと同じ、当たり前すぎるけどないと生きていけないものです。

だから練習は、一般的にサラリーマンの方が電車で通勤して、働いて、帰宅することと一緒なのではないかと思います。

ただ、世間で言われるサラリーマンの方たちに比べて違うと思うところが、試合を見ていると辛そうと思われるかもしれないですが、試合がない日は練習を2〜3時間したらあとは自由なんです。

そういった意味では気持ち良い形で働かせてもらっていますし、天職なんだと思います。

さまざまな立場から見えるもの



━━昨年8月、赤坂に「不知火カレーシティーズ・バー」というカレー屋を丸藤さんはオープンさせたと思うのですが、それも自由な時間があるからこそできることなのですか?

丸藤 それは少し違っていて、レスラーがプロレス以外に何ができるのか、セカンドキャリア的はどうするのか、プロレスを別の角度から広げていけないのかといった視点で取り組んでいます。

僕だって、いつまでもプロレスができるわけではなく、突然できなくなるかもしれない。かといってプロレスをおろそかにせずに模索するには……と考えていたところ、いろんな人との出会い、その上で生まれたものになります。

逆に今、このノアという会社のトップをやりながら、別のことをやるからこそ意味があるのかもしれない。中堅や若手選手であれば、プロレスを横に置いて、別のことに走っちゃうかもしれないですし。

でも、自分の場合はプロレスもしっかりやらねばならないので、そうした状況で別のことをやるからこそ意味があると考えています。

ただ、やっぱり難しいですね! 別のことをやるのは難しいです。そして楽しいです。僕の場合はカレー屋さんで従業員を雇って経営していて、いろんな管理面でも1人じゃできない。

かといって自由に……ということもできないですし。でも、全てがプラスに動いているわけではないですが、楽しいです。

━━先ほど「プロレスを違う角度から広めていく」とお話されていましたが、プロレスに対してそういう風に思うようになったのはいつ頃からですか?

丸藤 最初はただ単にプロレスラーになりたくて業界に入ったのですが、ノアという会社で副社長として働くことになった時に、いち個人だけではなく、会社のことや他のレスラーのことも考える必要が出てきました。

あとは引退していった先輩方々を見てきて、何かプロレス以外のものも視野に入れておかないと、若い時と違い、勢いと気持ちだけではやっていけないと感じるようになりました。

それは家族を持っているということも影響しています。

━━タイミング的には結婚をされたり副社長になられた頃でしょうか?

丸藤 そうですね。いつまでも元気だとは思っていますが、怪我をした時を考えると……。一番良いのはプロレスだけで、60、70歳までやれるといいんですが。

ただ、プロレスを広げようにも、良くも悪くもプロレスの敷居が下がっているので悩ましいところはあります。

プロレスラーよ、超人であれ!


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良い部分で言えば、プロレスがより身近なものになり、頑張ればプロレスラーになれる時代になっています。

昔のプロレスラーというとバケモノみたいな人ばっかりだったので……。

悪いところでいえば、団体の数やプロレスラーがめちゃくちゃ増えて、その中でしっかりとした練習をし、プロレスラーとして必要最低限のものを身につけているかと言うと、全員が全員そうではありません。

でも、リングで戦ってしまえば、プロレスを知らない人にとっては一括りに「プロレスラー」になってしまうのは、一概に喜べないところです。

━━もう一度「プロレスとはこうあるべき」という規範のようなものをつくっていきたいと思われているということでしょうか?

丸藤 そうですね。自分は「プロレスラーは超人でなくてはならない」と思っています。普通の人ではなれない、手の届かない、思わず見てみたくなるような存在でなければならないと思っています。

時代の流れ……というものがあるのであれば、難しいと思いますが……。

━━時代が進むにつれ、多様化し、娯楽が増えていく中で敷居を下げざるを得なかった部分もあると思います。

丸藤 プロレスというのは、レスリングとは違いますし、小中高の部活動としてあるものでもないです。かつてはサッカーや野球とは別に、敷居の高さはあったと思います。

一昔前までは、他のプロスポーツ選手や芸能人なども含めて憧れを抱いてもらっていたのがプロレスなので、もう一度、プロレスをその位置に戻したいですね。

どんなことをしていても、人に喜んでもらえる仕事をしたい


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━━セカンドキャリアについても考えていらっしゃるとのことで、いままでやってきたプロレスという仕事とセカンドキャリアとで、共通して人に伝えたいことはありますか?

丸藤 やはり人を喜ばせることかなと思います。カレーに関しても自分が美味しいと思ったものを人に食べてほしいという思いから始めたことなので、人を喜ばせる仕事が好きなのかもしれないですね。

そもそも自分も小さい頃にプロレスから夢をもらい、楽しんで、喜んで……その結果、その道に進むことになったので、自分も同じように伝えていかなければと思っています。

━━最後に、いち社会人として成し遂げたいことはございますか?

丸藤 プロレスあっての今の自分なので、プロレスをより広めていきたいし、これからプロレスラーになる子たちがもっと夢を持てるようにしていきたいです。

今のプロレスラーというのは、プロレスが好きというだけで続けている人が多いと思うのですが、変な話、「プロレスラーになったらこんなすごいことができる」「こんな方面に出ていける」といった、プロレス以外の部分がモチベーションになるようにしたいです。

昔のプロレスラーはそういった部分を見せることができていたのではないかと思います。

━━そうした想いと現実とのギャップを埋めていく際に、どういったことが必要だと考えていますか?

丸藤 まずはプロレスラーが、よりプロ意識を高く持つことも大切ですし、先ほど言ったようにプロレスラーは超人であるべきですね。

また、時代の流れに合わせていいのか、合わせないほうがいいのか。例えば、今の時代に合わせるのであれば、激しいだけのプロレスをやっているだけでは世間の目は向かない。

だから、より多方面に露出したり、生き様や格好、プロレスラーというものをストーリーとして見せていくことで、プロレスがよりポップなものになると思います。

近いようで遠い存在。この距離感を見つけた時にもっと注目されると考えています。