『天皇の料理番』杉森久英/集英社文庫

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TBSの日曜劇場「天皇の料理番」第2話(5月3日放送)は、緊張させられっぱなしの50数分だった。その展開にはフリーランスの私ですら胃がキリキリするほどだったのだから、会社員、ましてや新入社員にはちょっとキツかったかもしれない。いや、今回の放送は幸いにも連休中だったし、最後には次回に希望をつなげる結末も待っていたのだから、ちゃんと救いはあったわけだが。

あらためて第2話を冒頭から振り返ってみれば、主人公・秋山篤蔵(佐藤健)は、兄の恩師・桐塚教授(武田鉄矢)の紹介でいよいよ華族会館の厨房で修業を始める。教授とともにまずは事務方の佐々木(西沢仁太)にあいさつしているあいだも、ガラスの向こうの厨房の様子が気になってしょうがない。

しかし、篤蔵が期待に胸をふくらませて入った厨房は、けっして生易しい世界ではなかった。来て早々、目の前で見習いの一人の新太郎(桐谷健太)が倒れる現場に遭遇する。そばには包丁を持った料理長の宇佐美(小林薫)が鬼のような形相で立っていた。どうやら新太郎は宇佐美から制裁を加えられたらしい。

宇佐美へのあいさつもそこそこに、先輩の荒木(黒田大輔)からとっとと洗い場へ行けと命じられる。そう、新入りにはまだ料理づくりなど手伝わせてはくれないのだ。やることはといえば、ひたすら鍋洗いと掃除。同じく見習いの辰吉(柄本佑)があれこれ教えてくれるのだが、理想と現実のギャップに篤蔵は早くもめげそうになる。

明治後期の西洋料理の現場は、教授が篤蔵の兄・周太郎(鈴木亮平)に語っていたように「ヤクザなあぶれ者の行き着く場所」だったらしく、ヘマをやらかせば容赦なく鉄拳や蹴りが飛んでくる。おまけに月給は1円50銭と当時でもかなりの薄給で、いまでいえばブラック企業そのものだ。一日も早く料理を学びたい篤蔵には、こうした待遇、とくに朝晩の鍋洗いに意味が見出せない。修業を始めて数カ月後、夏の終わりのある日、昨晩洗ったからいいだろうと朝に鍋を洗わなかった。誰もそのことに気がつかなかったが、唯一気づいたのが宇佐美だったのが運のツキ。篤蔵と同様、彼の鼻も人一倍利くらしい。篤蔵がサボったことを知るや、宇佐美から蹴りが入る。それに乗じて、先輩コックたちも篤蔵を非難し始める。これに篤蔵は逆ギレ、厨房の空気は一気に悪くなる。

この時点ですでに篤蔵はピンチに陥っているのだが、そのうえさらにとんでもないことをしでかす。宇佐美が修業時代よりノートにつけてきたレシピ集を、その部屋の机のひきだしから盗み出したのだ。篤蔵はその現場を新太郎に見つかってしまったものの、幸い告げ口されたりはしなかった。そのまま篤蔵は新太郎なじみの吉原の遊郭へ連れて行かれる。そこでいざノートを広げてみると、内容はよくわからないながらも、その丁寧な記述にすっかり感銘を受けてしまう。

良心がとがめた篤蔵は、いまのうちにノートを返しておこうと厨房へ戻る。しかしすでに警察が来て現場検証をしているところだった。料理人たちも集まり、何か盗まれたものはないかみんなで確かめている。篤蔵もその場をとりつくろうべく周囲を確認し出したところ、いきなり宇佐美から2度目の蹴りが入る。すわっ、ついに盗みがバレたのかと思いきや、それは土足で厨房に入ったことへの警告であった。しかし宇佐美からは「3度目に蹴られたらやめてもらう」と申し渡され、篤蔵はいよいよ崖っぷちに立たされる。

宇佐美に白状してノートを返してもどうせクビ、けれども黙っているわけにはいかないだろう……。そんなジレンマを抱えながら、篤蔵がある晩厨房に行くと、宇佐美がひとり包丁を研いでいた。なぜ包丁を研ぐのかという話から、料理はまごころだという話になる。宇佐美いわく「技術は追いつかないこともある。素材は望みどおりにいかないこともある。けれども、まごころは自分しだいでいつでも最高のものを出すことができる」と。鍋を洗うのも爪を短くするのも包丁を整えるのも、すべてはまごころなのだ。それすらできない者にまともな料理をつくれるとは、宇佐美には思えなかったのである。

さらに宇佐美は、なぜ何も教えてくれないのかという篤蔵の疑問にも、「親切にもらったものより、てめえで必死になって盗んだもののほうが人は大事にする。だから教えない」と答えてくれた。「盗んだもののほうが人は大事にする」との言葉に反応したのだろう、篤蔵は思い切ってノートを返す。三度目の蹴り、そしてクビは覚悟のうえであったが、何と宇佐美からお咎めはなし。自分もむかし似たようなことをやったことがあるので、篤蔵に蹴りを入れる資格はないというのだ。思いがけない処置に篤蔵は「どやさ〜〜〜〜っ!」と今くるよもびっくりな叫び声をあげると、自ら頭を下駄で殴りつけながら「わし、一生、あんたについていきますっ!」と宇佐美に宣言するのだった。

それにしても、ピンチに次ぐピンチで視聴者の緊張をマックスまで高めておきながら、一気にそれを緩和しカタルシスを与えるというこの展開は、さすが森下佳子と言いたくなる。森下は先に脚本を手がけたNHKの朝ドラ「ごちそうさん」の終盤でも、戦時中に中国大陸に行ったきり終戦後も帰ってこないヒロインの夫が、生きているのか死んでいるのかずっと明かさないまま、最終回のラストシーンに夫婦の劇的な再会の場面を持って来て視聴者を(というか私を)感涙させた。

第2話で興味深かったのはもう一つ、原作との相違だ。杉森久英による原作小説『天皇の料理番』でも、厨房での鉄拳制裁は描かれてはいるが、篤蔵は意外やその環境にすぐに順応し、怒られたらたとえ自分が悪くなくとも謝ることさえ覚えてしまう。篤蔵のモデルとなった秋山徳蔵の手記『味』にも、華族会館での修業はたしかに厳しかったとはいえ、《これが辛かったかというと、ちっとも辛くなかった》と書かれている。本当かよ!? という気もするのだが、彼の言い分はこうだ。

《習いたい、覚えたい、上手になりたいという気持ばかりが先に立っていた。金銭や出世を目標にしていないので、そういう仕打ちに対しても、いっこう腹が立たないのである。まあ、いわば、人間が相手でなく、技術だけが相手だったのであった。技術に対して、頭を下げていたわけであった》

この文のすぐあとで秋山は、自分の若い頃とくらべて《今の若い人達は、まるっきり様子が違っている。/ひッ叩くどころか、それはやり方が違うよ――と注意したぐらいで、プンと向うへいってしまう者もいる》と嘆いてもいる。この本の出た60年前でさえそうだったのだから、他人から怒られ慣れていないと言われる現在の若い世代となればなおさらだろう。今回のドラマはそんないまの若者を念頭につくられていたようにも思われる。いわば、「もしも明治の厨房に、理屈が先に立ってしまう現代風の若者がいたら」というのが、第2話の裏テーマだったのではないか。

さて、まごころを宇佐美から教えられた篤蔵は、厨房でも気遣いができるようになる。そのことを自慢げに報告する彼に、兄・周太郎は郷里・福井の父から送られてきた手紙の束を見せる。そう、今度は福井に残してきた両親、それから妻と義父母と向き合わなくてはならない。ちょうど妻の家では、篤蔵の両親の立ち会いのもと離婚の話が進められていた。いよいよ離婚届に捺印しようかというそのとき、妻の俊子(黒木華)が別れる前に東京へ行き、もういちど篤蔵に会っておきたいと言い出す。今夜放送の第3話で再会するはずの夫婦は果たしてどんな言葉を交わすのだろうか。
(近藤正高)