ヴィクトリアの滝            (Photo:©Alt Invest Com)

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 ヴィクトリアの滝はナイアガラ、イグアスと並ぶ世界三大瀑布のひとつで、ジンバブエとザンビアの国境を流れるザンベジ川の浸食によって生まれた。ほとんどの旅行者は、この滝を見物する以外の目的でジンバブエを(おそらくザンビアも)訪れることはないだろう。

 ジンバブエ側の観光拠点はヴィクトリアフォールズ町、ザンビア側はリヴィングストン市で、いずれもヨハネスブルグなどから航空便がある。国境にはヴィクトリアフォールズ橋がかかり、観光客は川の両岸から滝を眺めることができるようになっている。

 ヴィクトリアフォールズは観光で成り立っている小さな町で、土産物屋やレストラン、パブ、旅行会社のオフィスなどが集まっている。観光業者と観光客しかいないので治安もよく、夜も賑やかだ。

 唯一、変わっているところいえば、通りを歩いていると札束を手にした男が次々と「10ドルでどうだい?」と声をかけてくることだろうか。とはいえ、彼は両替商ではない。なぜならその紙幣にはなんの価値もないのだから。

年間インフレ率、約2億3000万%のハイパーインフレ

 2000年代にジンバブエを襲ったハイパーインフレはよく知られている。

 1980年にジンバブエが独立したときに1米ドル=0.68ジンバブエドルだったのが、2006年7月には180万ジンバブエドルまで下落した(通貨の価値が260万分の1になった)。翌8月、中央銀行は預金封鎖と3桁のデノミネーションを実施し、同時に米ドルに対して通貨を60%切り下げ、1米ドル=250新ジンバブエドルにした。

 しかしそれでもハイパーインフレーションは収まらず、2008年5月に1億と2億5000万の額面のジンバブエドル札が発行され、それが50億、250億、500億ドル札となり、ついには1000億ドル札が発行された。

 2008年8月、中央銀行はふたたび1000億ジンバブエドルを10新ジンバブエドルにする大幅なデノミネーションを行なったが、インフレはさらに更新し、12月末に100億ドル紙幣、2009年1月に200億ドル紙幣と500億ドル紙幣の発行を余儀なくされた。2009年1月時点でジンバブエドルの価値は1米ドル=250億ジンバブエドルまで下落し、年間インフレ率は約2億3000万パーセントに達したとされる。

 通貨の信用を失ったジンバブエ政府は、2009年1月から米ドル、ユーロ、ポンド、南アフリカランド、ボツワナプラの流通を公式に認め、公務員への給与も米ドルで支払うことにした。その結果、(額面だけは)巨額のジンバブエドル紙幣はすべて紙くずになり、それが土産物品となって観光客に売られているのだ。

 人類の愚行の記念としては面白いかと思ったが、やはりバカバカしいので止めておくことにした。あとでオークションサイトなどで調べると、1000億ジンバブエドル札は稀少なのか30ドル前後で販売されていた。もっともこんなことは彼らだって知っているだろうから、10ドルで買えるのは額面の安い紙幣だけだろうけど。

 反植民地闘争の英雄からジンバブエ大統領となり、長期独裁政権をつづけていたロバート・ムガベは2007年6月、狂乱する物価に業を煮やし、「価格半減令」によって企業や商店にすべての商品の価格を半額にするよう命じた。それに従わなかったスーパーの経営者が逮捕されると、商店主は品物を店から引っ込め、棚も冷蔵庫も空っぽになってしまった。すべての物資が闇で取引されるようになり、インフレは未曾有の域まで更新した。

 この極端な経済政策は、愚かな独裁者が自らの権力を過信し、市場を操ろうとしたときに何が起きるかの格好の見本となった。ジンバブエは世界の笑いものになったのだ。

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