決勝最高位11位。完走率50%。

 これがマクラーレン・ホンダの2015年シーズン序盤戦の戦績だった。意欲的でアグレッシブなマシン「MP4−30」とパワーユニット「RA615H」、そしてなにより「マクラーレン・ホンダ」という輝かしい名前の復活に寄せられた期待に対し、十分に応えられた結果ではない。

「最強最速のメルセデスAMGに対し、ホンダは100馬力劣っている」

 欧州ではそんな報道もあった。その数値の真偽はともかく、ホンダのパワーユニットが出力でほかのメーカーの後塵を拝していることは事実であり、成績が振るわない最大の要因がそこにあるのは誰の目にも明らかだ。

「我々にも実際にどれだけの差があるのかは分かりません。しかし、馬力で差をつけられていることは事実。100馬力だというのなら、そうだと思って必死に挽回するしかない」

 ホンダの新井康久・F1総責任者はそう語る。

 2008年以来のF1復帰に向けて、ホンダは勝つつもりでやってきた。

「開幕戦から上位グリッドに並び、あっと言わせたい」

 今シーズン開幕前の新井のそんな言葉の裏には、勝利を目指しアグレッシブな設計をしてきたからこその思いがあった。マシンの空力性能を高めるために、彼らは革新的なほどに極めてコンパクトなパワーユニットを作りあげてきたのだ。

 しかし、F1の世界は彼らが想像した以上に厳しかった。

 開幕前のテストではトラブルが次々と起こり、パワーユニットは熟成不足のまま開幕を迎えた。そして、想定外の暑さに直面したオーストラリアGPではセーフモードでの走行を強いられ、ただ黙々と走ることしかできなかった。続く第2戦マレーシアGPではマシンを壊さないよう2台ともにリタイアを選んだが、途中まではライバルとバトルができるところまで進歩を見せた。第3戦中国GPでは、トップとの差をはっきりと突きつけられたが、初めて2台完走を果たした。そして、第4戦バーレーンGPでは、課題だった予選一発の速さも増し、初のQ2進出――。マクラーレン・ホンダは少しずつ、着実に前進してきたのだ。

 ヨーロッパラウンドの開幕となる第5戦スペインGP(5月10日決勝)には、どのチームも大きなアップデートを投入してくる。ホンダのパワーユニットにも「大型アップデートが投入される」と一部で報じられ、「大きな期待を寄せている」というチーム関係者のコメントも伝えられたが、新井はそうした報道に対して、「一気に情勢を変えるような魔法はない」と否定する。

「入れられるアップデートを順次入れていくというスタンスです。スペインGPは(特別な区切りではなく)レースごとに進歩してきたその延長線上にあるわけです」

 今のF1では、パワーユニットの改良は原則禁止となっている。各メーカーがFIA(国際自動車連盟)に仕様を登録し、それと同じものをドライバーひとりにつき年間4基だけ使用することが許されている。単純計算で1基あたり3200〜4000kmを走破しなければならないという、厳しいレギュレーションだ。

 しかし、開発が一切行なわれていないわけではない。むしろ、各メーカーは常に開発競争にしのぎを削っている。

「開発凍結というと誤解されるかもしれませんが、開発したものを実際に使用するのが禁止されているだけで、開発そのものは何をやっても構わないんです。ですから、各メーカーのファクトリーでは常に開発は行なわれていますし、我々もそうです」(新井)

 信頼性に問題があった場合、FIAに申請して認められれば改良が許されているが(開幕からホンダが施してきたハードウェアの変更はこれに沿ったもの)、性能が向上するような変更は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは、与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

 ホンダ以外の3メーカー(メルセデス、フェラーリ、ルノー)は、2015年の開幕までに一定数のトークンを使って開発を進めてきたが、シーズン中の開発のために一部を残している。ホンダにも3メーカーの残り数の平均である9つの「トークン」が与えられている。パワー面で後れをとっているホンダにとって、この「性能を向上させるための開発」が重要になる。

「(メルセデスAMGに)追いつき追い越すために我々もいろんなことを考えています。でも、ハードの改良というのは難しいんです。中途半端な段階でトークンを使っても、差が縮まらないのでは使った意味がないし、逆に時間をかけて熟成を進めても、シーズン終盤ではしょうがない。どこまでに(開発を)完成させていつ入れるのか、という判断が伴うわけです」(新井)

 この「トークン」を使って開発したアップデートが、スペインGPに投入されることをチーム側は期待していたようだが、新井は慎重な姿勢を見せている。

「スペインGPに間に合うものは入れようとしています。ただし、それは前から準備をしていて、長いスパンで開発を続けてきているもの。ひとつのものを『これでOK』と確認できるところまで完成させるのに数カ月はかかります。今入れられるものもいくつかあるわけですが、それをスペインGPで投入するかどうかはまだハッキリ決まっていません。たとえば、開発をしているネタが10個あるなかで、完成しているものがひとつしかないとしたら、かなり迷いますよね。決断はスペインGPの直前になると思います」

 早期のアップデート投入には信頼性の不安もある。

「トークンを使うアップデートとなると、ハードウェア的に大幅に変更するわけで、そうすると信頼性の問題がついてくるわけです。中途半端なものを入れてパワーユニットもレースも失ってしまっては意味がありません。今シーズンここまで、信頼性で苦しんでいますから、そこの部分を見極めてから投入しなければならないと思っています」

 スペインGP後には2日間のテストが予定されており、「できれば実走テストをやって、ちゃんと確認をしてから、というのが我々の気持ち」だと新井は吐露した。スペインの次のモナコGPは超低速サーキットで、パワーユニットの性能差が出にくいだけに、急いでアップデートを投入する意味はあまりない。となれば、ホンダの大型アップデートはさらに先ということになる。

 しかし、彼らは立ち止まっているわけではない。

「制御ソフトウェア面の改良はもちろんのこと、点火プラグやオイル、ガソリンといった消耗品もそうですが、トークン以外のアップデートはいつでも投入することができます。どのチームも毎戦何らかの開発はやっていると思います」(新井)

 一部では、ホンダのパワーユニットはICEの燃焼系に問題があり、想定どおりの性能が発揮できていないと言われている。目下、栃木の研究所「R&D Sakura」では、新たな単気筒モデルによるベンチテストも行なわれているという。一朝一夕に性能を向上させるのは難しいかもしれないが、研究開発が実を結ぶであろうシーズン後半戦に目覚ましい進歩が期待できるかもしれない。

 もちろん、パワーユニットだけでなく車体面の改良も続けられている。開幕してから空力面のアップデートが毎戦持ち込まれており、スペインGPにはさらに大きなアップデートが投入されるはずだ。

「我々はレースごとに少しずつ前進してきました。秘密兵器なんてないし、一気に大きく前進というのは難しいかもしれない。だけど、次のスペインでもさらに良いものを持っていきたいと思っています。確実に、一歩ずつ前に進みます」

 バーレーンGPから2週間のインターバルを終えて、新井は言った。

「さぁ、バルセロナへ行きます。エンジンを背負って行かないと!」

 直前まで開発を続けたパワーユニットを引っさげて、2015年のマクラーレン・ホンダの第二章が始まる。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki