早見あかり写真集『Twenteen』(SDP)

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 女性アイドルブームとはいえ、卒業したメンバーがそのままブレイクできるとは限らないのが芸能界。特に女優に転身ともなれば、なかなかハードルが高いものだ。

 元AKB48の絶対的センターであった前田敦子も映画『イニシエーション・ラブ』(5月23日公開)でヒロインを演じているものの、なかなかヒット作には恵まれず、代表作が産まれない状態が続いている。そんな前田敦子のライバルだった大島優子も、初主演ドラマ『ヤメゴク〜ヤクザやめて頂きます〜』(TBS系)が放送されているが、初回視聴率は9.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と低調で、その後も6%台の低空飛行を続けており、一部では打ち切りの噂まで聞こえてくる始末だ。

"国民的アイドルグループ"と呼ばれているはずのAKB48の歴代センターが女優として苦戦しているなか、着実にキャリアを積んでいるのが元「ももいろクローバー」の早見あかりだ。

 2011年に「ももいろクローバー」を脱退した早見は、その後のももクロの活躍に呼応するように、女優として徐々に露出を増やし、14年にはNHKの連続テレビ小説『マッサン』で、主人公マッサンの妹役を好演。さらに、『百瀬、こっちを向いて。』(14年5月公開)、『忘れないと誓ったぼくがいた』(15年3月公開)という2作の映画で主演し、今年3月からはキリン「午後の紅茶」のCMキャラクターに選ばれるなど、確実に女優としてブレイクしているのだ。

 そんな早見が「ももいろクローバー」を脱退した11年4月は、ももクロブレイク前夜。早見の脱退と同時にグループは「ももいろクローバーZ」に改名し、その後ようやく大ブレイクを果たすこととなるわけだが、いわば早見は「これから」という時にグループを脱退しているのだ。

 そもそも早見はどういう理由でももクロ脱退という道を選んだのだろうか。早見あかり初の写真集『Twenteen』(SDP/撮影・木寺紀雄)では、自身の言葉で当時の心境を振り返っている。

「ももクロに入ってから常々感じていた違和感があった。楽しいけれど、自分には可愛く歌って踊るアイドルが向いていないと思う矛盾。偽りの笑顔。5人のひたむきな姿。あのまま、ももクロのあかりんを演じることも出来たのかもしれない。けれど5人の本気で夢に向かう姿を見ていたら、ファンの方の本気で応援してくれている姿を見ていたら、自分だけ嘘をついてこのまま一緒に頑張っていくことは失礼なことだと思うようになった」(同書より)

 明るく元気に踊って歌うのがももクロの真骨頂だが、早見にとってはそれは自然な姿ではなかったというのだ。早見は、自分に嘘をつき、ももクロを演じなければいけないことに息苦しさを感じていたのかもしれない。

 早見が、芸能界に入ったのは小学6年生のとき。現在も所属している芸能事務所スターダストプロモーションのスカウトがきっかけだ。そして、ダンスや演技のレッスンを受けていくなかで、中学2年生の11月にももいろクローバーに加入する。代々木公園でストリートライブをする当時のももクロを事務所の仲間として見に行くこともあったという早見は、ももクロ加入を単純に喜んでいたという。しかし、そこには葛藤もあった。

「ももクロでの活動の楽しさと同時に大好きな学校に行けなくなる辛さ。勉強も元々出来ない方では無かったので、成績が落ちていくことへの苛立ち。ここで反抗期のピークを迎え、何もかも嫌になった」(同書より)

 そして、早見は芸能コースではなく普通科の高校に進学する。ちなみに、同じくももクロの百田夏菜子は早見あかりと同学年だが、都内の私立高校の芸能コースに進学した。その同級生には、℃-uteの鈴木愛理、アイドリング!!!の朝日奈央と尾島知佳、PASSPO☆の増井みおに玉井杏奈といったアイドルのほか、松岡茉優、家入レオなど、多くの有名芸能人がいた。

 しかし、早見は彼女たちと同じ学校に行くという選択をしなかった。

「まわりの友達がみんな芸能活動をしているというその環境に自分は耐えられないと思ったらからだ。人と競争することがとても嫌いなわたしは、友達がライバルになる可能性がある芸能科に進むことは出来なかった」(同書より)

 そして、早見は高校2年生になったばかりの4月にももクロを脱退する。つまり、早見は常に誰かと競争させられ、闘いを強いられるアイドルという世界に耐えられなかったということだろう。実際、ライブや握手会で不機嫌そうに見えることも少なくなかったという。

 さらにもうひとつ、早見がももクロを脱退した背景には、同書で明かされていない理由がある、ともいわれている。それが、アイドルにとって必須である握手会の存在だ。

 今でこそ、ももクロはCD販促のための握手会を開催せずとも、オリコン上位にチャートインすることができる人気グループとなっているが、当時はブレイク前夜。頻繁にCD販促のための握手会を開いていた。しかも、当時としては画期的だった「予約握手会」というシステムを導入していたのだ。アイドル事情に詳しい芸能ライターはこう話す。

「2010年くらいまでのアイドルの握手会は、基本的にCD発売後に行われるもので、その場でCDを買うとメンバーと握手ができる、というものでした。そんななか、ももクロが2010年5月にメジャーデビューシングル『行くぜっ!!怪盗少女』をリリースするのですが、ここで予約握手会というものを2カ月にわたって展開します。つまり、CDの発売前にイベントを開催し、CD を予約すればメンバーと握手ができる、というもの。当時のももクロは、AKB48よりも握手の時間も長くて、フレンドリーだということで、"接触重視"のアイドルファンが多数流れました」

 早見にとっては、この"接触"が苦手で、握手会が大きな負担になっていた、というのだ。

「当時、ももクロは個別握手会をしていたんですが、早見あかりはメンバー6人の中でもっとも列が短かった、といわれています。アイドルとしての自分に疑問を持っているうえに人気がないとなれば、本人のモチベーションが下がるのは当然でしょう」

 天下のAKB48卒業組を差し置いて、元アイドルグループメンバーの女優として順調にブレイクを果たしつつある早見あかり。たしかに、無理してももクロを続けていたら、精神的に追い込まれていた可能性も否定できない。ブレイクしてから、そういったトラブルが発生したら、大きなイメージダウンにもなりかねない。そういう意味では早期の脱退は、ももクロにとっても、早見にとっても正しい決断だったといえそうだ。
(田中ヒロナ)