11年のFIFA理事選に敗れた後、精力的にアジア各国を回った田嶋氏。AFC理事にもなり、徐々に存在感を高めていった。 (C)SOCCER DIGEST

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 アジアサッカー連盟(AFC)は4月30日、バーレーンのマナマで総会を開き、国際サッカー連盟(FIFA)理事選挙を実施した。2枠を4人で争った「任期4年」に立候補した日本協会の田嶋幸三副会長が、2位に10票差をつける36票を獲得する圧勝で初当選。4年前の選挙で敗れた雪辱を果たし、市田左右一氏(58年)、野津謙氏(69年)、小倉純二氏(02年)に続く日本人4人目のFIFA理事の座を手にした。
 
「責任の重さを感じています。4年間準備を進め、やるべきことやってきたことが実った。日本、アジア、世界サッカーのために全力を尽くしたい」
 
 地道な活動が実った。田嶋副会長は、14年は年間300日以上も海外に出張。AFCに加盟する46か国中、シリア、パレスチナ、イエメン、アフガニスタンを除く42か国に足を運んだ。
 
 昨年9月に北朝鮮、4月にはイラクに滞在するなど外務省の支援も受け、政情不安な国々でもロビー活動を展開。マナマ入り直前には協会会長が交代したばかりのインドネシアを訪問し、新旧どちらの会長が投票してもいいように、両会長に最後の協力要請を行なう徹底ぶりだった。
 
 日本協会として、アジア諸国への貢献事業を継続したことも当選を後押しした。JFA公認指導者の海外派遣を積極的に行ない、現在は17人の日本人がアジア各国の男女、年代別の代表監督や強化責任者などのポジションで活躍。審判インストラクターやコーチなどの指導者養成の事業も展開している。
 
 また、ボールの贈呈やグラウンドの設立などハード面の整備もサポート。協会が一丸となって、徐々にアジア各国からの信頼を勝ち取っていった。
 
 田嶋副会長は11年のFIFA理事選に落選後は、AFC理事に就任して実績を積んだ。11、12年には不正が横行していたAFC内の洗浄化を図るため、評価委員会の委員長に着任。モハメド・ビン・ハマム元会長らの永久活動停止処分につながる調査に携わった。「あれで敵も増やしたが、仕事をしたと評価された」と振り返る。
 
 選挙前夜にマナマ市内のホテルに集まった多くのAFC関係者が、「田嶋は確実に当選する」と予想しており、盤石の態勢で選挙を迎えていた。
 
 世界のサッカー界の重要な決定事項を司る会議に、田嶋副会長が出席できる意味は情報収集や影響力の行使など大きい。18年ロシア・ワールドカップの大陸別出場枠は、5月30日のFIFA理事会で配分が決まる予定で、アジア全体のために4・5枠を死守することが、新FIFA理事として最初の仕事になる。