『主夫になろうよ! 』佐川光晴/左右社

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小説家・佐川光晴さんの生活エッセイ『主夫になろうよ!』(左右社)を読んだ。
佐川さんは大学卒業と同時に結婚。戸籍上は奥さん(小学校教諭)の鈴木姓であり、小説家デビュー後も2001年までは勤め人生活だった。兼業主夫歴は10年を越える。
新刊『主夫になろうよ!』の「はじめに」によると、この本を作るにあたって編集部は、
〈家事や家庭生活を“新たな目”で見られるようになり、その変化によって、社会が変わっていく契機になるような一冊にしたい〉
と著者に持ちかけたという。
佐々木一澄(かずと)さんのかわいらしいイラストと、著者みずからの家事風景グラビア(!)で構成された「主夫の24時間」によると、平日の執筆時間帯は、朝食を用意し妻子を見送り洗濯物を干し掃除機をかけたあとの9:30-11:30と、買物終了後の13:00-15:30に、夕食後の21:00以降と3分されている。
ちなみに佐川さんの読者が、それまでトヨエツっぽい人を想像していたのに、このページを見たらザキヤマ似だった、と「読書メーター」に書いてたけど、雰囲気似てないこともない。とくに笑顔。

本書の中心部分となるのは、東北の大地震直後の2011年4月から2年間、《北海道新聞》朝刊に47回、隔週連載されたコラム「主夫のつぶやき」だ。連載開始時に長男は高校1年生、次男は小学校2年生だった(長男は昨2014年に大学生になり、下北沢で一人暮らしを始めた)。
コラムの話題は家事・育児のこと、妻の家族との関係、地域とのつながりなど多岐にわたる。また巻末には佐川(鈴木)夫妻インタヴュー、および著者と足立区の子育てサークル「あだっちパパ」代表・佐久間修一さんとの主夫対談が収められている。
日常のさまざまなことを記述しつつ、佐川さん自身のライフストーリー(5人兄妹の第1子だったこととか、佐川さんが北大時代にツアーで札幌に来てた埼玉のテント劇団のメンバーだった乃里子さんと出会ったこととか)や小説にかんする考えかたなども書いてあって、それが彼の現在の生活観・人生観とまったく遊離していないのだ。この人は人生を毎日しっかり味わいつくしている、という感じがする。
たとえば「主夫のつぶやき」の前に置かれた「主夫のお悩み相談室」ページで、主夫・非主夫の男からの50問に50答しているなかの一答、

〈小学校になると、親たちも要領を得てくるので逆に先生たちを見定めるようになるんだ。ぼくは先生たちのことを長い目で見守ってあげる気持ちが大切だと思う。だって、いい先生が一人育てば、その先生が何百人、何千人のいい生徒を育ててくれるんですから〉(以下、引用中の太字は原文)

これなんて、過酷なクレーム社会に生きる教師というものを、それこそ〈“新たな目”で見られるように〉なるひとことだ。
さっき、著者は人生を毎日しっかり味わいつくしていると書いたけど、それはつまり、佐川さんが時間に使われるのではなくて、1日の時間を完全に使い切っている、ということでもある。
僕たち男にとって、仕事というものが「生活からの逃避」になってしまうことがしばしばある。高度成長期あるいはバブル期まではそれでごまかしが効いたかもしれない。けれど、バブル崩壊後25年たっても、それに替わる生活モデル(もちろん単一ではない)を、社会はいまだに模索中だ。
また、ブラック企業ではなくても、日本の社会は男女労働者が「時間に使われてしまう」事態を生んでしまっている。これも解決策がまだ出ていない案件なのだ。
著者にむかって〈ビジネスキャリアをはずれることにやはり不安があります〉と訴える男性の意見にたいしては、

〈このご時世、ビジネスキャリアほど危なっかしいものはありません。その点、家事は、手につける職としては最高だとおもうけどなあ。つねに誰かに必要とされて、一生感謝されるんですから〉

と答えるのだ。これに続く一節は最高のキラーフレーズ。

〈ぼくは、「社会で出世したい」という欲求は持ちあわせていないようです。むしろ、社会の仕組みにすり寄っていくほうが自分を傷つけてしまう気がしていたので、主夫になって本当によかったとおもっています〉

〈社会の仕組みにすり寄っていくほうが自分を傷つけてしまう〉というフレーズは、フェミニズムかと思うくらい。これは性差(男でも女でも)、世代(子どもでも老人でも)、さらにはセクシュアリティについても、いろんな面で言えることなのだ。
主夫の佐川さんが〈「社会で出世したい」という欲求は持ちあわせていない〉ということは、同時に、奥さんの乃里子さんが経済的な意味での上昇婚志向を持たなかったということでもあるだろう。これもまた重要なポイントだ。
『主夫になろうよ!』は大雑把に言うといわゆる生活系エッセイということになるのだろう。けれど読んでみたら、本書全体に登場する佐々木一澄さんの挿画の楽しさもあって、この本はじつは気持ちのいい幸福論であり、人生論でもある。読んだ僕が、「さてこれからどう生きる?」と、いま問われているところ。

最後に佐川さんの他の作品について。主夫になる前は、出版社で、ついで大宮の屠畜場で働いていた。屠畜場での経験は、彼の小説デビュー作「生活の設計」(双葉文庫『虹を追いかける男』所収)とエッセイ『牛を屠る』(双葉文庫)に結実している。
いまは『おれのおばさん』(集英社文庫。坪田譲治文学賞受賞の青春小説)シリーズ(昨年の第4巻で第1部がひとまず完結)で人気だけど、僕が彼の名を知ったきっかけが、野間文芸新人賞受賞作『縮んだ愛』(のち講談社文庫】)です。
小学校教師を語り手とするこの小説は、ほんとうにおもしろい。ある意味叙述トリックものとも言えるし、題名からわかるように、谷崎潤一郎の『痴人の愛』(中公文庫)へのトリビュート作品としても読める。
『主夫になろうよ!』で佐川さんに興味を持ったかたは、彼が主夫になってすぐに書いたこの問題作も、ぜひ手に取ってください。
(千野帽子)